第3話
「見事なものだね。気流の乱れやトルクもない。その設計が正しければどこまでも速くなれる」
「まだまだ納得できる結果ではありませんがね」
少し離れた位置からシュナイダーとテオドールが話している声が聞こえる。それを尻目にコックピットのテストパイロットに指示を出す。
「エンジン出力は八割で留めてほしい。不測の事態になったらすぐに脱出を考えていつでも射出姿勢になれるように。何がなんでも10分で戻って」
「了解しました」
「オーバーランするかもしれない。気持ち手前から着陸するといい」
「心配しすぎですよ。滑空で感覚は掴んでいます」
心配は過度な方がいい。いつ炎上してしまうかわからないから。
「幸運を」
そう告げて逃げるように離れる。
この機体、La178は航空省に以前要求されて設計したLa177にジェットエンジンを搭載する改造を施したモノだ。元々大きめのエンジンが載せられていたので手間もかからないだろうと予想されたが排熱処理の問題で見た目こそ大きく違わないものの約60%設計変更を余儀なくされ重量も嵩んでしまった。
エンジンは大学院を卒業してすぐにスカウトしたテオドール君が製作した遠心式ジェットを採用している。これは遺跡のブーメランとは違い部品数が少なく信頼性に富んだ堅実な設計をしている。
具体的にはブレードで空気を掴み遠心力で燃焼室へ押し込む。ここに燃料を混入させて点火する事でジェットが出る。惜しいのは遠心力で押し込む関係上流入する空気の速さを空気圧縮に生かせない点。金属疲労が激しい点。大型化が難しい点。たくさんある。
ただ一つ言えることは第二の文明社会でジェットを最初に完成させた事実。そして今、最初の飛行をすることだ。
シュナイダーのロケット航空機Sch194が以前使っていたアンドレイ飛行場を今回借りて公開実験を行っている。ギャラリーには一般の物見客、中には子供も見えるが彼らの一番前を陣取っているのは航空省の連中だった。僕に全く仕事を寄こさないくせに気にはなるんだろう。
一方シュナイダーと僕らがいるのはギャラリー席とは別に格納庫前に設けた長椅子で本当の最前列は僕らだ。ばーか。
エンジンに火が入り燃焼音を轟かせながらLa178のキャノピーが閉まる。燃料は実用化を考慮してエタノールを使用している。ロケット燃料とは違って何も心配することはない。
ゆっくりと動き始める。滑走路の陽炎で幻のように後ろ姿が揺れる。予想通り長く滑走してから離陸フラップを出すと静かに飛び立った。
「やはり」
シュナイダーが隣でそう呟く。
「ただの模範ではないよ。これは先人への敬意だ」
と僕は続ける。彼を見ると機体を見上げて頷いていた。
La178はもしものことがあったら困るので降着装置は下げた状態で固定している。そのために370マイル以上出してしまうと風圧で外れてしまう恐れがある。ただ、今回は概念実証機のようなもので飛びさえすればいいし幸か不幸かエンジン出力の低さ故にまったく加速していない。
今、耐えかねて緩降下して加速したものの300マイル以上はいかないだろう。そうこうしているうちに10分経って帰ってくる。
ちらと見ると航空省のお偉いさん方は眉をひそめている。そんなものだ。あのエンジンにそれ程期待してはいけない。
着陸は直前まで加速させていた為に速度が出ていた。そのため言った通り距離を取って滑走して停止した。
「なんだか臭くないか」
そうギャラリー席から聞こえた瞬間、僕とテオドールは走り出していた。駆けつけると確かに臭い。だが燃料漏れではなさそうだ。
「エンジンがイカレたな」
「うっわ。タービンが焼き付いてますよこれ」
テオドールがエンジンを確認している間にテストパイロットに声をかけて。牽引車を呼ぶ。
その晩は飛行場近くの店で社員達と打ち上げをした。シュナイダーは声をかけたからいいものの、呼んでいない者もいくらか見える。彼らはシュナイダーの部下達で常に引き連れているやつらだろう。シュナイダーという言葉は彼と彼の部下達を示すのかもしれない。
「予想しよう。航空機は10年以内に音速を超えるだろう」
うちの社員をどかして図々しく隣に座ったシュナイダーが高らかに宣言する。
「機体が持つかな」
「全翼機なら耐える。もし、設計に困ったら俺がやろう。ルイス兄弟もジェットには興味をもっている」
そう来たか。まあシュナイダー自身ロケットに性能的な限界が見え始めているのだろう。速度が出ると全翼機に日が当たる都合上ここまでくると彼のフットワークの軽さに関心せざるを得ない。
それはそうと見慣れぬ顔の男が店に入ってくる。こちらの顔を認識すると真っすぐ僕の方に来て声をかける。自動車会社のエンジン部門の者だと名乗った。
「あのエンジンはこれからの発展に不可欠ですよ。是非参考にしたい」
同業他社か。航空省の技官の一人は熱心に解説を求めて資金援助の約束もしてくれた。しかしその上司の方はというと今の速度だけ見てすぐ帰ってしまった。もしかしたらあいつはこういった競争を待っているのかもしれない。
向かいの席のテオドールをみると会話を聞いていたようで頷いてくれた。
「わかった。協力しよう」
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