第2話

 シュナイダーが実験機の炎上事故を起こして1週間後。今、僕は彼が無尾翼機を見たという遺跡の発掘現場に向かって空を飛んでいる。

 この国は自動車があるとはいえ舗装道路は少ない。その為、修理に来た郵便屋の飛行艇に乗せてもらっていなければ時間がかかっただろう。

 あの設計がきちんと段階を踏んだもので過去の遺物を用いて研究を省いたわけではないのは確認している。ただあの話の流れで模範することは悪くないと何故言ったのか。そこが無性に気掛かりだった。

「それにしても空はすっかり魔法使いのモノではなくなったよな」

「もともと鳥だったり虫達の世界だったのよ。時代の流れってやつ」

「仕事が減ったり大変だろう」

「ん~。適応できるか否か。だろうね。現にほらっ」

 と言って前方の運転手は人差し指で自分自身を差す。彼女は航空機が普及する以前から空を飛ぶ魔法使いとして郵便輸送をしていた。今では、輸送量の増加を加味してもっぱら航空機輸送で稼いでいるようだ。そもそも飛ぶ感覚を持っているだけでアドバンテージになるから魔法使いが航空機パイロットに転身するのは珍しくない。ただ、こう科学の時代では魔法使いにしかできない職が減っているのは確かだ。そのことを指摘すると「危機感はある」とのこと。

「みんなが魔法使いになるんだよ。良い世の中ではあるんだろうけど……寂しくなるね」

 こちらを一瞥する。

「ああ、別に博士は悪くないし私は新しい魔法使いだと思って尊敬してる。この政策にした政治家達を恨む声もあるけど時代の流れだから仕方ないね。そんなんで怒るのは天気に怒るのと一緒だよ。天気とは受け入れて一緒に踊るものだって爺ちゃんは言ってた」

 眼下はもう人気の感じられない暗い森になっている。型落ちの機体なのでそこまで速くなく景色を楽しむ余裕があって良い。

 話は変わると前置きをしたうえで気になった事を質問する。

「僕たち科学の魔法使いは君ら自然の魔法使いの模範だと思うかい?」

「中身が違うってのは理解してる。まあ広い目で見ればやりたいことが被ってるから真似って言えるよね。うん。後身ではあると思う。というか真似しない完全なオリジナルってないでしょ?たぶん」

 間も無く湖に着水すると桟橋に慣れた様子で着けてくれる。

 礼を言って飛行艇を降りる。発掘現場はすぐそこで歩いていくと歴史学者が迎えに出てきてくれた。

「ちょうどいいサイズの飛行艇ですね。外出はいつもこちらで移動するのですか?」

 艦載機だったからちょうどいいんだろう。それを彼女は国からの払い下げで買って整備をこちらに頼んでいる。あの機体は爆弾を積載出来るように設計したが今は配達物で詰まっている。綺麗な平和的な利用で嬉しい限りだ。

「あぁ、友人に乗せてもらったんだ。4時にまた迎えに来てもらう」

 森の中の建設途中の建物に案内された。建設と並行して隣に建てられた仮設のテントで考古学者が発掘品の整理に明け暮れている。建物は遺跡の保護と遺物の保管を目的に真上に建設されていて完成しだいテントの中身も中に入れるらしい。

 考古学省は科学の解禁と共にこのような歴史的遺産の保護を積極的に行っている。無論他の科学者には僕のように順序立っていない発展をするのかと非難されている。これに対しては参考になるからの一点張りで反論と言えるものは出来ていない気がする。

 それでもシュナイダーのように寛容的というか理想的というかまあそう言った人が現れ出しているのも事実ではある。参考にできるのかはこれから確認しよう。

 果たして目的のそれは中でも巨大なテントの内部の芝生の上に横たわりシートが被せられていた。研究者がそれをとると良くもまあ完全な状態の航空機があった。

「宇宙人の乗り物だね」

「ええ、シュナイダー博士もそうおっしゃられていました」

 無理もない。90度の二等辺三角形の真ん中に座席の窓が小さく見えるだけだ。尾部は直線ではなく何度も角度をつけて稲妻型になっている。武装は特に見えずプロペラもない。

「シュナイダーはロケットと言ってたかい?」

「いえ、プロペラと。ほら、あそこの穴から覗くと見えるんですよ。照らしますね」

 ライトで示した方にはブレードが隙間無く並んだタービンが見える。コックピット側面に機体を前から後ろに貫くように配置され片側2基。つまり4基のエンジンがついていることになる。

 外見から一目瞭然だがSch194とは似ても似つかない見た目だ。しかしながら垂直尾翼すら見当たらない無尾翼。いや、全翼機と言える美しい曲線のそれは確かに航空機の来るべき未来の姿そのものだった。

 歴史学者連中はすでにエンジン内の一基を慎重に取り出していて近くのテントに広げていた。勿論彼らはこれを宇宙人の乗り物などとは言わず形状から黒いブーメランと呼んでいた。

「恐ろしい数のプロペラですね。さぞかしスピードが出るのでしょう」

「うん。だけど、回すのに馬力がいる」

 仕組みはだいたいわかる。ブーメランがプロペラで推力を得ていないことも。

 幾重にも重なったブレード(動くものとそうでないものが交互に配置されている)で空気を圧縮しそこに燃料を吹きつけて燃焼させて噴流(ジェット)を絶え間なく発生させる。現在のエタノールレシプロエンジンでは400ノットが限界と言われている。もしエンジン内の燃焼を直接推力に置換出来れば高効率かつ高速なものになる。ただ一つ懸念がある。

「このブレードの材質は何だい?」

「目下調査中ですが我々の文明では使われていない金属です」

 そう。いくら仕組みがわかろうと部品一つ作るだけでも文明全体のレベルが上がる必要がある。だから先史の遺物から学ぼうとするのは勧められない。このように直ぐに行き詰ってしまうからだ。

 ここでふと我に返った。なぜ僕はこれを作ろうとしているのだろう。模範するのは褒められたものではない。ただ、コンセプトを借用するのは、若しくは到達点としての指標とするならば許されるとどこかで考えているのかもしれない。

「これは本当に飛べるんですかね」

 機体本体をまた見ていると研究者が話しかけてきた。

「難しいな。あの大量のエルロンからわかる通り操縦には高度な技術が必要なんだろう。垂直翼がないからだ。確かにスピードが出せる形でいいものの人が乗るものではないよ」

 機首を上下させるヨーイングが安定しない。その上横滑りを一度でもしてしまえば機体の操作は不可能になってしまうだろう。それほどの危険はあるが内部容積の大型化と軽量化が両立できる素晴らしい設計であるのは間違いない。しかしそれだけのために作られたようには思えないが。

「そういえばグライダーに似てますね」

「確かに。この前大会で優勝していたやつに」

 シュナイダーの弟子、ルイス兄弟がグライダー大会に出ていて有名になっている。あれも良くも悪くも師匠の悪癖を受け継ぎ無尾翼グライダーになっていた。

 ブーメランが発掘されたのはつい最近でシュナイダーはそれからロケット航空機を製作した。しかしルイス兄弟は全翼機を以前から作っているからそちらはブーメランの影響はないものとみていいだろう。いや、シュナイダーも以前から全翼機に執着していたしルイス兄弟との付き合いも長かったから彼の先見性は賞賛するべき所か。

「シュナイダー博士の他には航空技師で誰か見に来ていたかい?」

「確かテオドールと名乗っている方が来ていましたね。大学院生とのことですが航空関係ではなかったような」

 テオドール?確か教師をやっている友人が自慢していた。

 そうか。彼は流体力学専攻だからもしかしたら作っているかもしれない。

「ありがとう。参考になった。官僚に君たちに回す予算を増やすよう掛け合っておくよ」

 迎えの時間の少し前だが捨て台詞を吐いて湖に駆けていく。郵便屋は既にエンジンを吹かしていてくれているのでありがたく後部座席に飛び乗る。

「ザクセン大学工学部に飛ばしてくれ」

「え?遠いって。本気で言ってる?燃料費取るよ?一時間半はかかるよ?」

「今晩奢る」

 言った途端に人の金でかなり食うのを思い出して財布を覗く。経費で落とそう。

「よし、任せて」

 エンジンが悲鳴を上げてゆっくりと、しかし確かに力強く機体が前身すると水切りをする様に水面を走る。やがて速さを揚力に変換して勢いよく登る。La60。これは僕の設計した数少ない水上機だ。

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