追いかけて追いかけられて

要領の悪い

第1話

科学において聞く最も心躍る言葉であり、新しい発見の前触れとなるものは、「エーレカ!」(わかった!)ではなく、むしろ、「うむ……これは面白い……」なのだ  ーーアイザック・アシモフ


 南の暖かい気流は今日も僕に向かい風となって顔に当たる。すかさず飛び立とうとする設計図を押さえて風に耳を傾けた。僅かながら、しかし確かにゴウゴウと聞こえる。

「Sch194。またあれだ。税金が燃える音」

「実際ウチより目立つから文句言えないじゃないですか」

 事務員がそう言いながら紅茶を差し出す。

「うるさいだけだね。あんなの。だいたい3分しか飛べないロケット飛行機に何が出来る。それより工房に頼んでおいたプロペラは?」

「それなんですが納品は明日になるらしいですよ」

 この頃吐く息はため息だらけだ。ここ、ランベルト社の雲行きは怪しい。国の方針転換で祈祷や呪術からの脱却が宣言されて50年。いち早く航空機に着目したメティス社に入ってから今では独立したはいいもののやっているのは古代の遺物の二番煎じでしかない。

 現在は信頼性の高いV型12気筒液冷エンジンを並列に置いてペラを回す実験機を製作中だ。が、上からの要求にある高速性、航続距離を満たしているにもかかわらず僕らよりもっと稀有な航空機に予算は取られてしまった。

「熱が入り過ぎですよ。博士は明日までやれることは少ないんですから休んでください」

「そうだね。散歩してくる」

 伸びをしてカバンに書類を詰める。とは言え行く当てはなく適当に図書館に車を動かす。

 科学が禁止されたのは発展がないからだった。大国の経済危機に端を発した戦争の連鎖、終末災禍メイルストラムによって崩壊した社会では人口の短期的かつ劇的な減少によりわずかに生存者が残ったのみだった。幸運なのは町に散らばる文明の利器をかき集めるだけで何の不自由もなく生き延びれていた事だった。しかし自分の衣服すら作れない程知識や技能は低下し更に人口が減っていった。

 これに対処すべく生存者のグループは前文明の破棄、第二の文明を発展させることとなる。今や祈祷や呪術が一般的なのはこの決定があったからだ。極端な意見ではあるが考え方は正しい。ただ、政府もその社会に限界を感じていて教会に許しを得た上で自力での開発ならとの条件付きで段階的に過去の技術が復興しつつある。

 この車のエンジンは前時代には化石燃料で動いていたというが今は木を乾留したメタノールやトウモロコシからとったエタノールで動いている。このように部分的に異なる進化をしたものは本当の意味の第二文明の利器だと思う。勿論エンジン自体の設計は独自のもので今でこそシリンダ配置は直列だが前のモデルは水平対向だった。

 気に食わないあのシュナイダー博士のロケットはどう考えても前時代のものをそのまま持ってきたように見える。突然開発に成功したのは飛行機自体そうなのだがなぜロケットに注目するのか。それにエタノールと液体酸素を用いればいいものを危険な過酸化水素とヒドラジンを燃料とするとは単なる思いつきや実験からの考察ではなく遺物から読み取ったのではないか。彼が今まさに実験しているであろうアンドレイ飛行場のそばを通りながらその思いが沸き起こった。

 このまま車を滑走路に持っていって困らせてやろうか。ただ、僕の弱い所はあれに対抗する奇抜な機体は作れないし作られた機体は悪くないと考えるところだ。だからこの車であいつの実験機を壊してしまおうなどとは微塵も思わない。

 その時黒煙がちょうど滑走路中央から登っているのが見えた。エンジンの音が聞こえていないのだから墜落ではなく爆発事故だろう。気に食わないライバルとはいえ流石に心配になり現場に向かう。

 格納庫の脇に車を停めて見ると粉末消火器でスタッフが消火活動をしていた。しかし粉を掛けているのは炎上する実験機のとなりの物体だった。一目見て気づいて車から水筒を持ち出すと駆け寄る。

「消火できたんだからかけるのやめろ。おい、あんた大丈夫か」

 声かけに反応して真っ白に染まったパイロットが仰向けになる。驚いたことにシュナイダー博士だった。

「ああ、来てくれたんだね。大丈夫。火傷はないよ。防護服を特注した甲斐があった」

 彼は防護服を脱ぐと一部分(燃料が浸みた部分だろう)に触れないように気を付けて燃え盛る飛行機に投げ込む。

 大丈夫と聞こえた瞬間、引っ叩きたかったが人前でそんなことは出来ない。気遣うふりをしながら事務所に連れていった。背後ではやっと消防車が到着した。

「こうやって話すのは久しぶりだね。新しいモノ好きの君ならすぐに見に来ると思ったんだが」

 話し出したのはシュナイダーからであくまで僕は客人らしい。事務所に入ると中にはそれなりに人がいるので殴るのはお預けになった。

「心配してくれてありがとう」

 僕の右手の水筒を指差す。どうやら火傷の応急処置用だと感付いたらしい。飲み水用だと突っぱねて本題に入る。まずはロケット燃料の危険性と何故設計者自ら搭乗していたのか。

「どれほど危険かは十分わかっていたさ。ただフルンゼ博士のあのデモンストレーションを見てどうしても乗りたかったんだ。それに危ないと言うのに誰かに乗らせるのはフェアじゃないだろ?今回の実験はマニュアルの見直しの必要がわかった。それでいい」

 フルンゼ博士はただの数学者で我々の分野の人間ではない。ただ2年前に液体燃料の公開実験を行ってから僕らの間では有名人になっている。

「乗りたいヤツなんているのか?テストパイロットも仕事で泣く泣くやっているんじゃ」

「それがね。あの紙の束を見てごらん。あれはロケット飛行機のテストパイロット志願者の履歴書だよ」

 指差す方の書類を確認するも信じられなかった。志望動機を読む限りどうやら自主的らしい。いや、ここで判断するべきでない。それより

「はっきり言おう僕は君の研究が先史文明のただの模倣なんじゃないかと疑っているんだ。それで事実を確かめに来た」

「ん?液体燃料ロケットは2年前に開発されただろう。ロケット飛行機は君もテストしていたし」

「うん。でも開発が異様に早すぎる気がするんだよ」

 シュナイダーは少し黙ってからさっき燃えた試作機の設計図と航空省からの要求性能書を棚から引っ張り出して見せる。要求は300ノット以上の速度。1マイルの航続距離。全金属製であること。

 無論シュナイダーSch194は大喰らい(燃費が悪い)なので要求を満たしていないが テスト機が緩降下しながらも400ノットを記録し速度だけをみられて予算の大部分が彼に取られた。

「場所を変えよう」

 自分の描いた設計図をみて何を思ったか表情が消え僕を事務所2階のベランダに呼ぶ。そこから良く見える滑走路では魔法使いが放水している。試作機は隅に追いやられていた。

「結論から言うと先史文明の模倣ではないよ。フルンゼ博士に協力してもらっただけさ」

「本当に……」

「本当にそれだけさ。王侯貴族にコネがある訳でもない」

 そして周りの人間を混乱させるだけだろうから言わなかったがと続ける。

「俺がしたいのは無尾翼機の開発だよ。ただあれは高速でないと機能しないんだ。あっ」

「何だ?」

 シュナイダーは設計図を握りながら燃えカスの試作機をみている。それに僕も倣った。

「無尾翼機のアイデア自体は確かに先史のモノだ。俺は発掘されたあれをみて乗りたくなった。確かに模倣かもしれない。でも機体の設計は自分でゼロからやったよ」

「もう疑っちゃいない。設計は数年前のレース機を参考に若干の後退翼にしているのは図面を一目見ればわかる」

「いや、模倣だと思ってくれて構わない。俺自身模倣する事は悪い事ではないと思ってる」

「模範の定義の話になるか。すまない。ただの嫉妬心だったね」

 何となく口から出た言葉が一番核心に迫るものだった。実際僕の制作中の試作機La177にもシュナイダー程ではないが安定した高速性を買われて契約を交わしている。無尾翼機はアイデア自体新しくないが彼の言う通り低速では操縦が効かない特性があるものの無駄を省いた航空機の到達点との認識は揺るぎない。ただし実現は当分先になるとされている。だからこそ予算の確保をして設計思想に間違いがない事を見せつけたかったのだろう。

 本当に嫉妬じゃないか。そんな事をしばらく下を向いて黙って考えていた。シュナイダーは中に入って直ぐにコーヒーを持って来て差し出す。

「ともかく。先史文明をそのまま真似たのではないのがわかってほっとしたよ」

 熟考した末の言葉がそれかとは言われなかった。正直言われると思っていたが。ありがたくそのまま話題をずらす。

「あのロケット飛行機の降着装置は量産機もスキッド(そり)なのかい」

「燃料積載量の関係であれ以上重量を増やしたくないんだ。確かにあれでは研究機止まりだから発展機では車輪をつけるさ。でもまあ、あのタイプを軍が気に入ればそのままだね」

 それからは軽い世間話をして飛行場を去った。シュナイダーは今度は僕の飛行機を見たいと社交辞令を述べていた。

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