第4話 炙り出されたケダモノ
野次馬に向けて、復讐者は高らかに宣言する。
こいつは探偵のフリをして現場に戻ってきた鮮血のカマイタチだったのだと。
「あんな小さい子が?」
「そういえば見たことない顔よね」
「証拠隠滅を図ろうとした所を捕まえました。今から連行します」
好奇と恐怖の入り混じった視線の数々を投げられても、霜降は動じない。ただ静かに耳を澄ましている。
「居たぞ、右から来る、あと十秒」
前方からの指示を聞き逃さぬよう、向けられる殺気を取りこぼさぬよう。気を張り詰める。
「三・二・一」
霜降は手錠を外し、突き出されたナイフの切っ先を円の中心に捉えて、遠心力を利用して地面に叩き落とす。
無防備な胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。
背中から落ちた男は、踏まれたカエルのような声を出した。
「やったか!?」
「油断は禁物です」
落としたナイフを足で踏みながら、素早い動きで手錠をかける。
「コイツがそうなのか、とてもそうは見えない。手下じゃないのか」
「間違いありません」
「なんで分かったんだ?」
「鮮血のカマイタチは毎回、指紋のついた凶器を現場に残します。つまり手袋をしないで犯行に及んでいるという事。だから残っているんですよ、彼の指の爪の中。おぞましい血の匂いが」
「こんなヤツに、くそッ」
「おかしいと思って声をかけてみたら、重要な手掛かりをくれました。胸元にチラリと見えるTシャツ、書かれている文字は『鼠』でした。パーカーに丸い耳が付いていると事から、そのままネズミだと誤認する。しかし──」
霜降は寝転がる胸元のジッパーを下ろした。
中から現れたのは
「
「漢字のイタチの一部だったんです」
アクセサリーをじゃらじゃら身に付けていたのは、犯行の『戦利品』を見せびらかしていたのだ。
「アンタ、脳の病気でよく見えないんだよな?」
「私に見えないのは、顔だけです」
カマイタチはニイッと醜く笑ったが、霜降はそれに気づかない。歪んだ口元から、カミソリが吐かれた。
猛スピードで探偵を狙う。
ザクッ。
皮膚が裂ける音と共に、血飛沫が巻う。
霜降の喉を守った復讐者の手から、ダラダラと鮮血が落ちる。
「オマエの手口は分かってんだよ。なにせ嫌というほど研究したんだ。今までの事件全部。許せねえッ!!!」
引き抜いたカミソリを使い、絶叫と共に斬りかかる。カマイタチの顔面を、ザシュザシュと肉を裂く耳障りな音が響き渡る。
絶え間なく続く悲鳴は、どちらの男のものか、もう分からない。
「あいつらに何の恨みがあったって言うんだ!」
「へへ、SNSでよぉ、幸せアピールするやつはよぉ、本当は不幸なんだぜ、俺ぁ救ってやったんだ。感謝して欲しいくらいだなぁ、んで、アイツってどいつ?」
次の一撃は、生温い不快感が伴う音。
その直後に高く上がる血飛沫と絶叫から、目を抉り出した事が分かった。
「ぐぎゃあああ!!!」
「仇を討ってやるからな……ヒロキ……」
復讐者はカミソリを振り上げる。
霜降は動けない。止めなければいけない事は分かっているのに、体が言うことを聞かない。
「お待ちください!」
その美しさで野次馬を圧倒した皐月が、いつの間にか近くに来ていた。
ツカツカと姿勢良く歩み寄ってきて、霜降を抱きしめて復讐者を睨みつける。
「わたしの所長にトラウマを植え付けないでください!」
予想外の訴えに、振り上げた手が降ろされる。
復讐者は、親友の男の方を好きだった。気持ちを伝えられないまま結婚が決まり、そして永遠に会えなくなってしまった。
目の前にいるのは女の子と美女。
友人に向ける物とは絶対に違う真剣な眼差しと抱擁は、復讐者に刺さったトゲを取ってくれた。
「ははは、この子、アンタの助手か?」
「ええ」
「分かった。トドメは司法に任せる」
タイミング良くやって来たサイレンの音色に耳を澄ませながら、復讐者は転がるカマイタチの背中に乗り、逃げられないように押さえつける。
その顔は晴れやかだった。梅雨明けの青空のように。
霜降には見えなかったが、皐月が教えてあげた。
「アンタはうまくやれよ」
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