第2話 霜降の推理(1)
「もう終わりか? まあ気分が悪くなったんだろうが」
「被害者の心境を思うと、辛いですね」
「そうだな、あの若さでこんな残酷な殺され方をするなんて」
「おや、どうして〝 若い〝と分かるのですか?」
「え?」
警官は不思議そうな顔を探偵に向けてから、顎を手に当て考えこむ。
「どうしました、被害者の身元が判明したと言えばいいじゃないですか」
「いや、それはまだ」
「おかしいですね。遺体の損傷が激しくて、私でなくても顔が分からぬ状態でしょう。若さを感じた根拠とは?」
「あ、アンタ俺を疑っているのか!?」
「そうです。ニセモノさん」
彼は口籠もり、胸元に手を当てる。
警察手帳を出して反論する事は出来ないようだ。
「あなたは私を〝 子供〝 だと言いました。探偵手帳は公的に認められた身分証明書です。警察学校で習わないはずがない」
深呼吸をして、手のひらを上に向けて突きつける。
「あなたが犯人です」
「馬鹿馬鹿しい。なんの証拠もない!」
「遺体にナイフを刺している時に、かがみましたね? 例えば通行人から姿を隠そうとして」
霜降は自分の耳の上部、カールして隙間のある部分を指差す。
「犯行後、シャワーを浴びたようですが、まだ残っていますよ……被害者の血痕が。草の先に付いた血が、入り込んだんでしょうね。一緒に署まで行きましょう。やましい事が無いならば、鑑識にかけても良いですよね?」
ニセモノは膝から崩れ落ちる。
霜降は鞄から手錠を取り出し、両手首を拘束する。
「死体損壊の容疑で確保します」
「……は?」
「被害者の死因は自殺。手首の損傷が激しいのはリストカットの痕を隠すため。あなたはカマイタチの犯行にみせかけるために、めった刺しにしたのですね?」
公園の木に作られたカラスの巣から、キラキラ光る指輪が見つかった。
慣れない木登りをして、霜降の代わりに依頼を果たした皐月は、栗色の髪から葉っぱをはたき落とす。
「ありがとう、綺麗なお姉さん!」
「どういたしまして」
「ねえ、どうしたら綺麗になれる? あの変な探偵さんは
「へえ、悪口を言った子の住所を教えて」
「えっ、なんで?」
「わたしが個人的に全員にお説教してきます。親御さんも交えて、何日もかけて」
「お姉さん顔が怖いよ。そこまでしなくていいの。ブスはブス……ふぎゅ!」
皐月は両手で顔を掴んで少女の顔をタコのような状態にしてから、長い睫毛に彩られた大きな目をギラつかせる。
「わたしも似たような事を言われてきました。ハラワタが煮えくりかえります」
「お姉さんが!?」
皐月は深呼吸をして、少女の頰に優しく触れる。
地獄の番犬をも手懐けられそうな、清らかで美しい笑顔だった。
「まだ自分の美しさを諦めるには早すぎます。女の子はどんどん綺麗になっていくものです」
「本当?」
「はい。それに、あなたを悪く言う人は、クラスで一番の美人ですか?」
「ううん。レイナちゃんはいつも優しいよ」
「それです。本当に綺麗な人は、他人の事をとやかく言いません。気持ちが姿に現れるのです」
「気持ちが?」
「うちの所長の、中身を見る目だけは確かです。あなたはかわいい。どうか信じてあげてください」
霜降を思う皐月の幸せそうな様子に、少女は温かい気持ちになり、喉を覆う太めのチョーカーを見ながら尋ねる。
「お姉さん、オシャレって何だと思う?」
「うーん、そうですね。なりたい自分になるための武装、でしょうか」
「
「まあ素敵!」
「女の子はかわいいのがいいって、お母さんとかお婆ちゃんとか、フリフリの服を着せたがるの」
「私にも覚えがあります。嫌ですよね」
「似合わないって、分かってるのに、強く言われると逆らえなくて──」
目を潤ませた少女の頭をポンポンしてから、皐月はイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「こういうのはどうでしょうか。買い物の時に“気になる男の子が好きな服”だと訴えるのです」
「なんで?」
「お母様もお婆様も、覚えがあるはずです。好きな人に可愛いと思われたい気持ち、きっと分かってくれるでしょう」
「気になる男の子、いない」
「適当でいいのです。クラスで人気のある子でも、芸能人でも、架空の人だって」
「でも、嘘つきは泥棒の始まりって」
「それは人を傷つける嘘です。たかが服だからと思ってはいけません。自分の心を、未来を守るため、戦ってください」
「お姉さんって、とっても綺麗だけど本当は──」
「さて、そろそろ風が冷たくなってきました。お家まで送ります。大切なお客様ですから」
少女にマフラーを巻いて暖を取らせると、皐月は公園の人だかりに目を向ける。
あの奥は、子供が見ていい光景ではない。
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