夕日が迫る

夕日ゆうや

これは異世界が消滅する十分前。

 夕闇に染まる中、俺の前で滝沢たきざわが消えようとしていた。

「おれの息子。あとは頼む……」

「バカ野郎! 俺にそんな願いを残すな! お前はまだ生きていいんだよ」

「バカはお前だ。もうが消えていくんだ。もう止められない。夕日を、夕日を止めてくれ……」

 粒子になり、消えていく滝沢。

 俺は頼まれた夕日をバックに。

 あの夕日を止める。

 そのためには各地に散らばる魔法陣を起動させる必要がある。

 だが、滝沢のお陰でようやくその一つになったのだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は叫びながらも、大柄な魔人に殴りかかる。

 錫杖を折られた魔法師にはこれくらいしかできない。

「はっ。太陽は地球に落ちる。もう止められないさ!」

 魔人はニタニタと笑いながら、俺の頭をつかみ、投げ捨てる。

 倒れている仲間に向かっていく魔人。

「このベンジャミンが人類に鉄槌を下すときがきた!」

「き、貴様か。太陽を、動かしたのは!」

「そうさ! そして滅ぶ。人は滅ぶべくしてな!」

「ふざけるな! 僕は認めない。この世界は愛に満ちている……! 頼んだぞ大坂おおさか!」

 結崎ゆうざきに名前を呼ばれ俺はハッとする。

 そうだ。俺たちが勝つ方法がまだある。

 結崎が折れた剣を構えてベンジャミンと対峙する。

 異世界転生した俺たちにはチートもハーレムも、ましてや俺TUEEEもなかった。

 でもそれでもこの世界を、人を愛してしまった。

 もう止められない。

 俺たちは勇者なのだから。

 ベンジャミンが最後の魔法陣を守っている。

 そう、だからこそ、俺にできることがある。

 走り出し、ベンジャミンが結崎をなぶっている間に、魔法陣を起動させる。

 滝沢の思い、無駄にはしない。

「あーあ。こいつも面白くなかったな」

 ベンジャミンがそう言い、結崎の腹に剣を突き刺す。

 器が壊れ、消えていく結崎の身体。

 俺は急いで魔法陣にとりつく。

「はっ。やれると思っているのかよ? たかが人間ごときが!」

 ベンジャミンはそう言い、俺の手を踏みつける。

「がっ!」

 痛みでうめく。

 俺はもう片方の手を伸ばし、魔法陣に触れる。

 魔力、注入。

 流し込まれた魔力により魔法陣がくるくると動き出す。

「やらせるかよ!」

 ベンジャミンはもう片方の手を踏みつけ、なじる。

「――っ!」

 痛みで声が漏れるが、俺はかまわず魔法陣を起動させる。

 やがて魔法陣は空中に浮かび上がり、世界中の魔法陣と同期していく。

「くそ! こんなところでっ!」

「は、死ねよ。魔人」

「くそがー! てめーらごときに!」

 ベンジャミンは激高し、剣を突き刺す。

 俺の腹が貫通したのがよく分かる。

 熱を伴う痛みが全身の毛を逆立てる。

 魔法陣が起動し、夕日が遠くに向かっていく。

 頼むぞ夕日。

 俺の思いを受け継いだ子どもたちが、次世代が、こんな不条理な世の中を許さないだろう。

 あの孤児たち。元気だろうか?

 頼まれた夕日をしっかりと見届けてくれるだろうか?


 この世界を愛してくれるだろうか?


 感覚が遠のいていく。


 意識が溶けていく。


 滝沢、結崎、今行くぞ。


 人を、愛してくれるだろうか?


 頼んだぞ夕日。

 人を暖めてくれ。

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夕日が迫る 夕日ゆうや @PT03wing

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