十一話
「そこ、倒れた振りをしてるんでしょ?」
シェイドはずっと前から気付いていた。倒れたシスターたちの中で、自分と少女の会話にじっと耳を傾けていた人間が一人いることを。
「……さすがですね。そろそろ起き上がろうとは思っておりましたが」
シェイドの台詞に呼応するようにおもむろに立ち上がった人物、それは修道院長のメアルであった。
「さすが、か。それはこっちの台詞だよ。僕の殺気を浴びたのに意識があるだけじゃなく、倒れた振りまでするなんてね。今までそんな人には遭遇したこともないよ」
「いえ、気を失うくらいの衝撃を受けたことは事実ですよ。正直、怖かったです。ただ、ここを守らなければならないという役目がありますので」
「強いんだね。君になら任せられそうだ。どうかこの子を迎えてやってほしい。シスターとして」
気を失っているグレートゴブリンの少女を一瞥するシェイド。
「……個人的には賛成ですが、果たしてできるしょうか。反発を買いそうですが……」
「大丈夫。彼女や君を除いて忘却力を引き上げてるから、モンスターに襲われた最近の記憶は消えてると思う。よっぽどのことがない限り思い出すことはないはずだよ。この子も、普段の僕を見たところで一戦交えた人間と同一人物とは気付かないだろうね」
「なるほど。それなら可能かもです。それにしてもあなたは一体何者なのです? シェイドと名乗ってましたが、只者ではないですよね」
「……君は、メアルだったかな。この上なく賢明な人みたいだし、忘却力を引き上げてもいずれ気付きそうだから教えてあげるよ。僕は【英雄】の一人、バフ使いのシャドウ=ベルリアスだ」
「……あ、あのシャドウ様であられるのですか……」
「うん。って、あれ、知ってた?【英雄】の一人といっても、影が薄いせいかあまり知ってる人もいないみたいだけどね」
「とんでもありません。私の友人であるクレアによると、【英雄】の中でも抜きんでいる存在だとか」
「クレアって? ああ、あの人ね。でも、なんで僕のことを知ってる?」
「あなたの弟子だといってましたよ」
「えぇっ……覚えがないんだけど……」
「さすが、【英雄】の中でも飛び抜けた存在なだけありますね。クレアほどの人を弟子にしても印象がないとは」
「ははっ……」
そういえば、クレアはこっちのことを知っているみたいだったし、弟子の存在を忘れるなんて気の毒なことをしたと思うシェイド。
「それより、そんな凄い方がどうしてこのような辺境へ来られたのですか?」
「それは簡単な話。影が薄いって理由で【英雄】たちから追放されたからだよ。それで改名してここで心機一転ってわけ。まあ僕もそろそろゆっくり休みたいと思ってたからちょうどよかったけどね」
「……色々と突っ込みどころがありすぎですね。そんなにお強いのに影が薄いから追放されたとか、この辺境という厳しい環境でゆっくり休みたいとか。後者はあなたの力を知った今ならよくわかりますけど……」
「力を隠さないとまずいって師匠に忠告されたから、そうやって生きてきたんだけど、それで大したことはないって舐められたみたい。僕が平凡なバフ使いで代わりが利くって思われたのもあるんだろうけど」
「なるほど。確かにあの殺気を隠さずに生活していたら、魔王と勘違いされても仕方ないかもしれませんね」
「うん。【英雄】たちは一応僕の友人だと思ってたから少し悲しかったけど、怖がられるよりは舐められるほうがいいしね」
「……私から言わせてもらうと、シャドウ……いえ、シェイドさんはそこまで舐められてはいないと思いますよ?」
「えっ? 普段はこんなにのほほんとしてるのに?」
「もちろん、そういう方もいらっしゃるかと思いますが、人間はそれほど単純ではないのです、【英雄】様」
「まあ確かにメアルを見てるとそれも一理あるかなって思えるけど、僕の場合、力量を隠そうとすると極端に力が抜けちゃうから……」
「ある意味凄いですよ、それ。というか、結構な人見知りのシルルがあれだけ懐いてるので、舐められるのも悪くないのでは……?」
「え、あの子って人見知りなんだ」
「そうですよ。人懐っこいように見えて、知らない人の前では酷く緊張するタイプなんです。未だに憧れのクレアの前では物怖じして喋れないくらいですから。そう見えないのはシェイドさん、あなたの飾らない人柄があるからかと。こういう厳しい辺境で暮らすのなら、舐められるくらいがちょうどいいかもですね」
「そ、それってどういう……」
「いわゆる、癒し系です」
「な、なるほど……。なんかメアルには敵いそうにないなあ」
「ふふっ。もう少し私とお喋りしてみますかぁ?」
「え、遠慮しとこうかな。あ、そうだ。メアル。僕は外のほうをやるから、こっちの跡片付けは任せたよ」
シェイドはメアルの返答も待たず、足早に修道院をあとにするのだった。
◆ ◆ ◆
(【英雄】様も人間なのですね。どれほど怖い方かと思っていたら……)
敵の襲撃によって荒れた修道院内を片付けつつ、思い出し笑いを浮かべる院長のメアル=ミルフィス。それからほどなくして清掃が終了し、彼女の回復魔法によって気絶していたシスターたちが目覚める。
「「「「「あっ……」」」」」
「あなたたち、よく眠れましたか?」
「あれ……メアル様? 私たち、いつの間に眠っていたんでしょうか?」
「……メアル様、なんか、大変なことが起きていたような気がします」
「あたしもです。なのに、何も思い出せないのでとても変な感じです……!」
「あら、そんなことは起きていませんよ? きっと、あなたたちは怪我人の治療で疲れていたのですよ」
メアルは不安そうな色を覗かせるシスターたちに微笑みつつ、彼女たちの記憶を消すために忘却力を上げたという【英雄】の言葉を思い出していた。
(シャドウ――いえ、今はシェイド様でしたか。さすがですね。このようなことが可能なのはあの方だけでしょう)
「――あっ!」
その直後だった。一人のシスターが足を滑らせて転倒したのだ。すぐにメアルが駆け寄り、治癒魔法を使う。
「フェレイア、大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫です、メアル様……」
「足元には気をつけないといけませんよ」
「はい……あ、あれ……?」
「どうしたのです? 顔が真っ青ですよ」
「……グ、グレートゴブリン族……そ、そうです! メアル様、やつらがここへ攻め込んできたんです! あたし、この目で見ました!」
「…………」
シスターの言葉ではっとした顔になるメアル。
(転倒したときの衝撃によって思い出してしまったのですね。どうしましょう……)
もし本当のことを話せば、匿っているゴブリンの少女をシスターにするのは難しくなるため、メアルは表情こそ変えなかったものの内心では焦っていた。
「フェレイア、そんなことはありませんでしたよ? きっと悪い夢を見ていたのでしょう」
「い、いえ、あれは事実です。あたしは、嘘なんてつきません! そ、そうだ、その証拠に、やつらに人質に取られたメアル様の首元に切り傷があるはずですよ!」
「…………」
一瞬、自信の首を隠しそうになるメアルだったが、そこまで覚えていたなら仕方ないと観念することに。
「って、あれ……」
フェレイアが怪訝そうにメアルの首元を覗き込む。
「どうしました、フェレイア?」
「き、傷が、ない……」
フェレイアの言葉を聞き、はっとした顔で自身の首元に触れるメアル。そこには、確かにあったはずの傷が跡形もなく消えていた。
(……シェイド様。これもあなたがやったことなのですね。回復の腕に自信がある私やクレアでも、傷跡が完全に消えるのには丸一日を要するというのに……)
その様子を見守っていたシスターたちからクスクスと笑い声が漏れる。
「フェレイアったら、心配性だからそんな夢を見るのよ」
「そうですよ。恥ずかしいったらありゃしない!」
「思い込みが激しいフェレイア!」
「うぅ……みんな、そこまで言わなくても……」
「責めるのはそこまでにしなさい、あなたたち。フェレイアはそれだけ私のことが心配だったのでしょう。ですよね?」
「は、はい……」
フェレイアに対して優しく諭しつつ、メアルは安堵の溜め息をついた。
(クレアがあそこまで【英雄】様のことを思うのはどうかと思っておりましたが、今となっては私もわかるような気がしますね……)
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