第49話 言祝

 




 あれから数分すると西チームがやってきた。


「大丈夫だったか!?」


 慌てた様子でこちらに駆けてくる。

 どうやら水無月が結界を張りながら来てくれたようだ。周りに満ちていた穢れが少し薄くなっている。


「それにしても、妖だなんて……」

「マジかよ」


 金子と水無月は顔を曇らせている。


「ここの調査は、まだ怨霊とかのレベルにも達していないはずなんだがな……」

「それなんだけど、妖にしては様子がおかしいの。妖ならまだ固有の能力は使えないはずでしょ? なのにあの蟻は溶解液を吐いてきた」

「溶解液?」

「ほら」


 日花は溶けた裾を見せる。


「うわマジだ」

「えー? 冗談きついって。じゃあ妖じゃなくて物の怪ってこと?」


「それがそうでもないみたい。まだ噂程度だったもの、物の怪になるほど認知はされていないはずよ。それに端末の測定でも妖って出てたし」


「じゃあ何なんだ?」

「さあ、それは分からないけれどあれを放っておくこともできないでしょ」


 日花は飴とエナジードリンクを飲んで回復したようだ。

 伸びを一つ打つ。



「まあ、それを調査して討伐するのが私らの役目だしね」


 蟻の逃げたほうへと目を向ける。

 この先に必ずいるというのが分かるほどの穢れが、そちらから漂ってきている。


「先生が来るまでは私たちで食い止めましょう。林を抜けられちゃ困るもの」


 林の先に少し行くと住宅街がある。

 其処へ出られてしまっては被害が大きくなってしまいそうだ。





 金の霊力を練り上げた金子は持っていた刀に纏わせ、そのまま打ち込む。

 がきんというとてもじゃないが生物が発していい音ではないそれに、金子は顔をしかめた。


「固ってぇなぁ、おい」


 舌打ち交じりに距離を取りながらも視線は真っ直ぐ敵を見据えていた。



 西チームと合流した後素早く隠を追いかけて北の方へとやってきた一向。


 隠は蟻の部分の顎を潰されてご立腹のようで、狂暴化していた。胴体に着いた子供の顔も苦痛に歪み、より一層気味悪さを強めている。


 6本の足がそれぞれ攻撃を始めた。

 それを受け、切り返し、刻み込むのを繰り返し早10分が経過している。



 鈴木が木気を呼び込み手に二つの渦を作り上げる。それを金子の頭すれすれに飛ばすと、蟻の胴体がふわっと宙に浮いた。


「あっっっぶねーなぁ!!」

「わりぃ」

「ちょっと真面目に時間稼いでよ!」


 水無月が水の塊を掌に造り上げると、檻のように変化させたそれを蟻目掛けて放り出す。


 パシャンという音と共に蟻の胴体と足4本を檻に閉じ込めることができた。


「今だよ日花!」

「ええ!」


 日花は後方にて大きな火球を作り上げていた。

 ――蟻が動きを止めたらすぐに焼き払えるように。



「我が身を廻る熱き力よ、我が敵を灰燼かいじんに帰せ」



 その言葉が合図だった。浮かんでいた火球が蟻目掛けて一直線に飛んでいく。


火妖断かようだん!!」


 前にいた3人は言葉を聞いた瞬間後ろに飛び退きこれを避けた。

 言祝ことほぎを与えられ、名を付けられた術はその威力を増し、周囲の水分を蒸発させながら飛んでいく。


 向う場所には蟻1匹。

 水の檻により地に縫い付けられた体では逃げることなどできまい。

 そのまま蟻は火球に呑まれた。



 ぎゃああああああああぁぁぁぁあ



 隠の断末魔が林に響く。

 それはやがて小さくなっていきどさりと何かが地に転がる音がした。

 妖の核、子供の思念体だろう。

 それはまだ小さく動いていた。


「……――ぼ……あ」


 やがてそれも聞こえなくなると子供の体が崩れて灰になっていく。




「討伐完了だ!」

「や、やったー!!」


 明るい1年生の声が沸き起こる。


(さっきのが言祝ことほぎ……)


 柚月は先輩の術の威力に恐れおののいた。


 言祝とは霊力や気の流れを集約させ言葉に乗せて空に放つことで、言霊ことだまとも呼ばれるものだ。

 流れを統一させ、名を与えることで普段の攻撃よりも高い攻撃を放つことができるようになる。


 ただしその分消費する霊力や気は当然のように増え、発動までに時間がかかるという難点もあるので使いどころを見極めて使用するのが大切になってくる。


 先ほどの術のようにチームで発動までの時間を稼がなければならないわけだ。



 わいわいと盛り上がる1年に対して先輩たちは至極疲れた様子だ。


「あー疲れた」

「もう無理」


 ぺたりとその場に座り込んでいる。



「おーおー、俺が来る前にやれたんか」


 ふいに聞きなれた声が聞こえた。上を見上げると竹ノ内の姿がある。


「先生ぇー遅ーい!」


 日花が文句を垂れる。全員が同意した。


 竹ノ内は頬をポリポリと搔きながら降りてくる。


「悪い、要請がここだけじゃなかったからちっとばかし遅れちまったな」

「え、てことは他の班からも要請があったってこと?」

「まあな。3班同時にアラームなった時はさすがに肝が冷えたぜ」

「3班!?」


「おー、後お前ら詰めが甘いな。……よっ」


 どごっと鈍い音が響いた。

 竹ノ内が鈴木の横を蹴飛ばしたのだ。


「はっえっ何!?」


 混乱するのも仕方がない。


「妖、まだ動いてたぞ」

「嘘!?」

「嘘はつかねえ。ほら」


 言われたほうを見ると灰になりボロボロと崩れながらもこちらへと手を伸ばす姿があった。


「げえ! まじだ」

「固いなーそれじゃ、ほいっと」


 いとも軽い掛け声だったが、竹ノ内は服の中から札を取り出し縦に振る。すると残っていた部分までも完全に塵となり消えていった。


「上級生たちは隠が消えるのを確認するまで気を抜かないように、って言われてただろー。駄目だよちゃんと見張りは付けないと」


「「「……」」」


 竹ノ内はやるときはやる男だったようだ。

 上級生たちはしばらく固まったり落ち込んだりしていたのだった。




 ――柚月は見ていた。


 隠が消える間際に何かを落としたことを。

 そしてそれを竹ノ内が険しい表情で見ていたことも。


 この時はまだ、それがあんなに大きな事件へとつながるなどとは誰にも分からなかった……。





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