第47話 フィールドワーク
「いやあ、すんごかった」
「同感ね」
翌日のホームルーム前、集まった彼らは前日の話題で持ちきりであった。
教室中がざわめきだっている。
「二人は一緒の班だったんだっけ? どうだった」
「どうもこうもないわ。ただすごかったの一言に尽きるわよ」
興奮冷めやらぬといった様子の譲。その隣にいた悟もうんうんと頷いている。
「俺、先生に渡されてた妨害用の人型なんて使ってる暇なかったし、本当に隠と戦ってるんだって、なんか改めて実感しちゃったというか」
「そうね。私も似たような感じだったわ。まあでも、あんたにしては頑張ってたじゃない」
「よく言うよ。そういうお前はばっちり人型投げて援護してたじゃねーか」
がっくりと肩を落とす悟。
柚月はその肩をポンと叩くと首を静かに横に振る。
「元気出して。僕もおんなじだったから」
柚月も隠に対して人型を投げることは愚か、自分の身を守ることすらしっかりとはできなかった。
悟は顔を上げると潤んだ目でこちらを見た。
「分かってくれるか、親友~!」
「わぷ」
ガバリと抱き着かれる。
柚月は衝撃を受け止める様に踏ん張った。
「またやってるわ」
その様子を呆れたように見る譲。
「何? お前も入りたいならそう言えって」
「んなわけないでしょ。呆れているだけよ」
二人のいがみ合いっぷりは健在だった。
少しは治ったかと思ったが、そうでもないらしい。
「おっはよー!」
「はよ」
そこに遅れてやってきた友里と明治も加わり、いつものメンバーで集まった。
「おはよ。どうだった昨日は」
「あー、まあいつも通り隠と対峙したぜ」
「……そだね」
「?」
話題を振った途端元気のなくなる友里。
何かあったのだろうか。
他の2人も不思議そうに見ている。
「どうかしたの友里」
「あー、まあな。……俺たち別の班だったんだけど、ほら。俺たちって昔から二人で戦うのがベストなスタイルだったからさ、どうにも調子が出せなかったみたいで落ち込んでるんだよ」
「だってぇ……」
いつもの元気を無くした彼女はしおらしく、可憐な様子だ。
眼には薄く涙が浮かんでおり、そのはかなさに思わずドキッとしてしまう。
「ま、まあそんなこともあるでしょ」
同じく若干赤くなった悟がフォローを入れるが、彼女は聞いていないように明治の服の裾を掴んではシュンとしている。
明治は慣れた手つきで友里の頭に手を置くとどうしたもんかと頬を掻いた。
「……こいつが俺との戦闘の癖で前に出すぎて、それをフォローした先輩が怪我を負っちまったんだ」
それはほんの些細なことだったと彼女は蚊の鳴く声で言った。
話を聞けば、先輩の張った結界が隠の攻撃で壊れてしまい、狙われたA組の奴を守ろうと距離をほんの少し見誤ってしまったという。
それを庇った先輩が背中に切り傷を負い倒れこんでしまったと。
幸い、先輩はすぐに復帰できる程度の傷ではあったのだが、自分たちが相手にしているモノはほんの少し間違えれば命を失いかねないような存在なのだということを思い出して怖くなってしまったようだ。
それは自分も感じていた。
柚月は足元に炎が迫った時を思い出す。
あの時、日花がフォローしていなければ、彼もきっと無事ではいられなかった。
あの瞬間感じたのは、確かな恐怖。それは、命の危険を感じた時の恐怖だった。
そしてこんなに危険な奴がたくさんいてそれを相手にしなければならないという恐怖。
けれども、それを鑑みたとしても、自分は隠と戦うことをやめる訳にはいかない。
――妹のため、自分のため。
そしてその気持ちは隠と戦う前よりもより強く、彼の胸に刻み込まれた。
彼はかつて澪に言われたことを思い出す。
「守りたいものがあるから、そのためには恐怖も飼い殺して見せる」
「柚月くん?」
突然の言葉に驚く友里。
柚月は少し微笑むと真っ直ぐに彼女を見据えた。
「僕の師匠が昔僕に言ってくれたんだ」
柚月は目を閉じて昔を思い出す。
自分の師匠――神子ですら恐怖はあるといった。
だが、守りたいものがあるからこそ、その恐怖すらも飼い殺してみせると、そう言っていた。
それは柚月を突き動かす原動力になっている。
「神子様のお言葉?」
「うん。あんなに強い澪ちゃんでも、怖くなる時があるんだって」
「本当?」
「もちろん。だけど守りたいものがあるから強くなれるんだって、そう言ってたよ」
「守りたいもの……」
友里は考えこむように下を向く。他の3人も同様だった。
ややあって、友里は前を向いた。
「私、先輩のお見舞いに行ってくる。それでお礼と、あと次は上手くやるって伝える!」
その瞳は先ほどのような迷いは消えうせていた。
時間は進み、4限になった。
今日は戦闘はⅭ組とⅮ組の番なので、A組とB組は隠の噂を確かめに行くというフィールドワークだ。
主にSNSで話題になっている心霊スポットの調査に出るのだ。
「さて、じゃあ今日もよろしくね」
昨日と同じメンバーで集まり現地へと向かう。
一つ違うのは若夏鈴鹿が病欠だということだ。
昨日は元気そうだったのに、いきなり風邪とは大丈夫だろうか。
そんな心配を抱えつつも調査現場への道を進む。
今日調査するのは学校の北へ3キロいったところにある、林だ。
数投稿される情報の中から、害を為す隠になりそうなものに当たりをつけて調査に赴くのも葦の矢の学生の役目なのだ。
ここには子供の霊が出るという噂があった。
かつて林を彷徨い、その果てに出ることがかなわず力尽きたとされる子供の霊に負の念が集まり怨霊となったのではないかという推測だ。
だがしかし事件らしい事件にはなっていないようで、行方不明者の捜索なども特には行われた形跡がない。
事前調査でも、何かしらの事件があるかどうかを調べたが、事件は見当たらなかった。
それにも関わらず噂がこれだけ立っている。SNSでも「幽霊を見た」や「子供の笑い声がした」という投稿が多数寄せられており、隠の可能性が出てきたので調査に赴くのだ。
林の前までやってくると二手に分かれて林を見て回ることになった。
柚月の居るチームには日花と土屋、そしてB組のメンバーだ。
「じゃあ、私たちは東から回るから、そっちは西側からお願い。隠がいても攻撃しないように。まだ害を為すモノと決まったわけじゃないから」
日花が西チームに指示を出している。このチームでは日花がリーダーのようだ。
隠がいても攻撃しないというのは、まだ怨霊などの害を為す隠になっていない可能性があるからで、万が一にもこの調査で隠を刺激して怨霊などに変えることのないように、との配慮なのだそうだ。
藪をつついて蛇を出す必要はないということだろう。
「分かってる。とはいえ、向こうから攻撃してきたら話は別だよな」
にやりと鈴木が笑っていた。
どうやら好戦的な性格のようだ。
「ちょっと、ちゃんと報告はしてよ?」
「大丈夫だって」
チームが分かれてもお互いに情報共有は欠かせない。
しっかりとそれ用の端末がチームには2台ずつ渡されている。
それにはGPSと隠の穢れを測定する機能が付いており、これで隠を撮影できれば部隊や学校へと情報が伝わる様だ。
鈴木は端末を起動して確認して見せた。
西に1台、東に1台だ。
東チームは話し合いの上、柚月が持つことになった。
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