第43話 手合わせ

 




 はあ、はあと息が切れている。

 向き合うのは背の高い男、侘助だ。

 彼もまた肩で息をしていた。

 二人の間の空気は張りつめている。

 薄暗い中また触れ合う音が響く。


 ――パアン


 固いものが触れ合う音。

 それを交わした二人はまた見つめ合う。

 お互いを見つめ、そして荒い息を交わし合う。

 垂れた汗は顎を伝い地に落ちる。


 ――パアン


 一歩踏み込み落ちてきた薙刀を木刀で受け止める。

 ぐぐぐっと力が込められているのが分かった。

 柚月は木刀の先端へと力を受け流し、侘助の空いた胴に木刀を打ち込むべく一歩を踏み込むが、とっさに下がった彼の服をかすっただけだった。




 二人はあれからずっと手合わせをしていたのだ。

 授業をこなしてからここへやってきてからずっと。

 時間にしておよそ30分程度。


 疲れていたはずの体は動き出せば、また力を引き出すように動いた。

 アドレナリンがたくさん出ているせいだろう。

 止まってしまえばまた全身が痛みを叫ぶことになる。

 二人はそれでも打ち合いをやめなかった。


 千代金に渡された武具は驚くほど二人になじんでいる。

 まるでそれの扱い方を初めから知っていたかのように自然に体が動く。



「はあ、っそろそろ疲れて、きたんじゃないか!?」


 噛みつくように侘助が吼える。


「まだまだぁ!!」


 柚月も負けじと声を張り上げた。


 次の攻撃へと姿勢を整え一歩大きく踏み出した。

 侘助もそれに応える様に薙刀をふるう。

 二つの武具が触れ合う、その直前、何かが間に踏み込んできた。




「そこまで」


 飛び込んできたのは千代金だった。

 片手で柚月の太刀を受け止め、侘助の薙刀は足で地面に落としている。

 二人の攻撃をいとも簡単に受け止めていた。


「お二人とも、そろそろやめておいた方が身の為ですよ」

「っあれ、千代金さん?」

「はい、私です」

「あ、大丈夫ですか?」

「問題ございません。私、こう見えて強いので」



 受け止めたままの状態でそういう彼女は、本当に強いのだろう。

 二人の攻撃をうまくいなし、受け止め、涼し気な顔をしていた。


 ……それはそれで悔しいのだが。


 二人は数歩下がり武具を下ろす。

 そのままふらふらとへたり込んでしまった。

 とっくに体力の限界を迎えていたのだろう。

 止まってしまえば急激に体が重くなっていく。


「ああああ疲れた」

「俺も、もう無理」

「ほらほら、言わんこっちゃないです。……それにしても随分と長いこと手合わせをしていましたね」


 いつの間にか用意していた水を手渡してくれる。

 ありがたい。


 柚月は一息に飲み干した。


「ありがとうございます」


 飲み干したグラスを這いずりながら彼女に戻す。

 端から見たらそれは気持ちの悪い動き方だったろう。

 少し笑われてしまった。


「いえ。それよりどうでした? 手になじんだでしょう」

「あ、はい」


 彼女は強引に話を戻した。

 実際手になじむどころか、まるで体が覚えているかのように、水を得た魚のように、自然に動いた。


 そりゃあ寺で聖と手合わせをしていたけれども、その時よりもはるかに動きやすかったのだ。

 いったいどんなマジックが隠されているのだろうか。


「それならよかったです。どうです? お買い上げなさいますか?」

「あ、そうですね……おいくらですか?」


 あれだけ手になじむものは到底自分では見つけられないだろう。

 今買っておくのも悪くない。


 それに、少し試し打ちをするつもりが随分と使い込んでしまった。


「ありがとうございます! 木刀が1万3千円、薙刀が1万8千円です」

「いちっ!!」



 払えない額ではないが、決して安い買い物と言えない。

 先に値段を聞いておくんだった、と後悔するがあれだけ打ち込みをやってしまったのだ。

 もはや買わないという選択肢はなかった。


(おこずかい、大切に使わないと……)


 こうして一気に金欠となった柚月はしばらくせっせと節約に励むこととなったのだった。






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