第42話 購買部ー武具
「おおー!! ここが武具店か!」
見上げれば天井に至るまで、壁という壁に武具や防具が掛けられている。
5つある購買部のうちの1つ、通称武具店だ。
「すげぇな。どれだけあるんだろうな」
これには侘助も感嘆の声を漏らした。
それもそのはず。
購買といえどスーパーマーケット程度の広さを誇る購買の壁一面が武具で埋まっているのだ。
普通に生きていたら、まず見ることのない景色であろう。
まるでファンタジーの武器屋にでも迷い込んだかのような錯覚を覚える。
これで店主が黒いひげを称えたおじさんであれば完璧だ。
柚月は今更ながら、本当に戦闘職を育成する学校に入ったんだとワクワクしてきた。
「いらっしゃいませ、武具店へようこそ」
涼やかな声が聞こえた。
袴を履き、まるで鍛冶屋のような格好の女性がすっと進み出てくる。
店員だろうか。
「私は購買部、武具店の店主、
何と、店主であった。
残念ながら髭面の親父さんではなかったか。と少し残念な思いを抱く柚月だったが、続く言葉に驚きを隠せなくなる。
「え、初めてってどうしてわかるんですか?」
「ふふ、簡単なことですよ。お二人は店内を見ては驚かれていましたし、体から放出されている霊力の波動も、一度もお見受けしたことがありません。そうでなくても私は店にいらっしゃるお客様の顔やお名前、そして霊力の波動を全て記憶しておりますから」
「す、すべて!?」
「はい。皆様一人一人が大切なお客様ですし、その人に合った武具を提供するのが私の役目ですから」
「な、なるほど?」
「霊力の波動を見れば、どのような武器と相性が良いのか大体はわかるのですよ。その点で言っても、お二人には武器をおすすめしたこともありません。よってお二人は初めてのご来店ということになります」
事も無げに言ってのける千代金だったが、お客全員の情報を憶えているだなんてとてつもない話をイマイチ信じ切れない。
まだクラスメイトの顔と名前すら覚えきれていない柚月には到底無理な芸当である。
「お二人は戦闘スタイルなどはもうお持ちですか?」
こちらの動揺を軽く受け流した千代金は近くにあった木刀を数本とる。短刀のように短いものから騎馬で活躍できそうな太刀、果ては杖まであった。
「あ、えっと……まだ戦闘スタイルどころか霊力操作も上手くできてないです」
「……俺も」
柚月と侘助は決まりが悪そうに顔を見合わせた。
入学早々、スタイルは愚か霊力操作すらろくにできないのに武具を見に来るなんて、と思われただろうか。
柚月は冷静になってきて、一気に気後れし始めた。
そわそわと手をもむ。
「そうですか。ですがどのような武具があるか知るだけでも違いますから、早くいらしてくださって嬉しいですよ」
けれども千代金は優しく微笑むとそう言ってくれ、ほっと息をついた。
「あの、僕たちみたいに見に来る人は他にもいるんですか?」
「ええ。皆さんうちの評判を聞きつけて来てくださっています。中にはあなたたちのように入学早々武具を見に来る方も、もちろんいらっしゃいますよ」
顔を上げきれいな笑顔を向けられる。100点満点の営業スマイルだ。
彼女は机に木刀を並べるとこちらと机を見比べている。
恐らく柚月達に合いそうなものを探しているのだろう。
「うん。これがいいかな」
やがて80cmくらい一本の木刀が手渡された。
見た目よりも軽いそれは、不思議とよく手になじむ。
隣にいる侘助には薙刀の形をした木刀が渡されていた。
「えっと、これは?」
渡されたはいいがどうしたらよいか分からず千代金を見る。
彼女はニコニコと自然な笑みをこちらに向けていた。
「初めのうちにいろいろな武具に触れておくと、自分に合いそうなものが自然に見えてくるんです。お二人は見た所体のバランスも良いですし、多少遠心力のあるものでも問題ないと愚考いたしました。手始めにどうぞそちらをお試しください」
「え、試すって、どこで」
店内で振り回せということか。
そんなことをすれば周りにある物に当たって大変なことになるのだが。
ちらりと横を見ると、やはり侘助も困惑しているようだ。
そんな二人を気にしたそぶりもなく、千代金はこちらへと言い進んでいく。
ここはおとなしくついていく他ないだろう。
千代金に連れられてやってきたのは店の奥に位置する倉庫だった。
普通の倉庫のように見えるがよく見れば壁一面に積んである荷物の手前に等間隔で札が浮いていた。
「こちらは我が武具店のバックヤードです。店内には多くの武具がご用意してありますが、そちらを試したいときにも使っていますね」
彼女の指を指す方は広い倉庫の真ん中。
丸い線が引かれた上に相撲の土俵のような場所がある。
その四方は倉庫の荷物の近くに浮いていた札と同じものが囲んでいる。
「こちらです」
彼女はそう言うと土俵を登っていく。
柚月は札から放たれているプレッシャーに少したじろいだ。
(あの札はいったい何なのだろうか)
手にした太刀を模した木刀を抱え直してついていく。
二人が土俵に入ったことを確認した千代金は札に触れる。
すると一枚の札から土俵を覆うように紫電が走っていく。
「!?」
バチバチと四枚の札へと伝わるとやがて土俵は紫色の膜に覆われていく。
「これは周りの物を壊さないための結界です。人体が触れても大丈夫ですのでご安心を」
彼女は紫の膜へと手を伸ばす。
膜はするりとないもないかのように通過した。
「このように普通に触れるなら問題なく通過します。ですが……」
言いながら腕を振り上げる千代金。
彼女はそのまま膜を叩きつけた。
途端にバリバリという音が木霊する。
打ち付けた拳を中心にして紫の靄が集まり、彼女の拳を受け止めていた。
「!!」
衝撃を吸収する結界なのだろう。
靄は数秒後には何事もなかったかのように均一に広がりまた膜へと戻っていた。
「このように強い衝撃を加えると衝撃を吸収してくれますので、どれだけ素振りや打ち合いをしていただいても大丈夫です」
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