第41話 東都、西都

 




「だあぁぁ、もう無理!」


 柚月は机に突っ伏していた。

 彼はあの後3限に「隠との歴史」、4限に「体育」をこなし満身創痍となっていた。


 この学校では1日4限までと定められており、1限は1時間30分である。

 朝の8時30分にホームルーム、8時50分から1限が始まり、4限が終わるのは午後の5時だ。


 一日の授業が終わるとそれぞれの自由時間となっており、自主トレーニングをする者、予習や復習をする者、様々である。


 けれども1生が入学したてのこの時期、彼らがそこに入っている様子はない。

 慣れない学校生活が始まり、厳しい訓練を終わらせた彼らは一目散へと寮へ帰り夕食まで倒れこむように寝る者や休む者が大半である。


 柚月もその中の一人であった。

 彼は全身の疲労感に打ちのめされたのち、寮へと這いずりながら戻ってきたのだ。


 先に戻っていたらしい侘助が声をかけてくる。


「お疲れ。思っていたより大変だったね」


 そういいながらマグカップにお茶をそそぎ渡してくれる彼は、そこまで疲れた様子がない。



 ありがとうと言ってマグカップを受け取る。

 ちなみに可愛らしい熊のマグカップだ。


 これは断じて柚月の趣味ではない。

 荷ほどきをしていた時に気が付いたが、荷物を一部変えられていたのだ。


 “これを使って慣れない学校生活頑張ってね♡”


 という余計な手紙も添えられて。

 犯人はお察しの通り、澪だ。

 柚月はその手紙をクシャっと丸めてゴミ箱にナイッシュを決めた。

 一部始終を見ていた侘助には相当笑われてしまったが。



「侘助は全然大丈夫そうだね」

「そうでもないよ?」


 彼はお茶を啜りながら椅子に腰を掛ける。

 その様子はぐったりともしておらず、彼の言葉をイマイチ信じられない。


「本当に?」

「本当だって。体力は人よりあるから無事な方ではあるけどね」


 ちらりと外を眺めると、外にはまだ寮へと戻ってくる屍たちがふらふらと歩いてきている。

 侘助は肩をすくめると視線を柚月へと戻した。



「で? B組はどうだったの?」

「どうって?」


 柚月は体を起こしながらお茶を啜る。

 渋くはあるがお茶の味がはっきりとしていて美味しい。


「授業だよ。何やったの?」

「んー気力と霊力総合と霊力操作と歴史……あと体育」

「あぁ……」


 侘助の顔は憐れむようなそれになる。


「体育はキッツいよな。俺も2限に受けたけどやばかった……」



 そう。

 何を隠そう、葦の矢の体育はもうほぼ訓練と言っても良いほどきついことで有名だった。

 何せ、戦闘職の訓練だ。

 まだ基礎体力の向上訓練しかやっていないのだが、それでも軍隊の訓練かと思うほど体力を消耗する。


 まず、入念な動的ストレッチを行った後に校庭を10周することから始まるのだ。

 もはや軽い持久走である。


 それが終われば格闘技か? と思うほどの護身術組手が入る。

 今日は初日ということもあって、それでも軽い方だと言われたときにはかなりやつれた表情になったのも無理はあるまい。



「最後にとどめを刺された気分だよ」

「はは、4限にそれだと回復まで時間かかりそうだよな」

「全身プルプルしてるんだけど」

「おじいちゃんじゃん」

「うるさいよ」


 軽口をたたき合う。

 初日ではあるが、結構砕けた雰囲気になっていた。



 なんとなく、侘助は自分の兄弟子である聖(ひじり)に似ているところがあると思う。

 外見ではなく、内面ではあるが。


(外見は正反対だけど)


 軟派な聖と涼やかな侘助では抱くイメージもだいぶ違うのだが、不思議なこともあるものだ。




「歴史はどうだった? 俺は割と興味深かったけどな」

「ああ、確かに。自分が生まれてくる前は日本列島がつながっていたなんてきかされても実感わかないよね」

「ああ。生まれてからずっと東都とうと西都せいとに別れている日本が普通だったからな」

「本当に」



 現在の日本は、50年前に起こった富士山の噴火により東と西に別れており、東は東都とうと、西は西都せいとと名を改め、東都を『桃泉花とうせんか』が、西都を『陰陽寮おんみょうりょう』が主に管轄するようになっている。


 とはいえ、陰陽寮では主に京都やその周辺都市しか守れない為、ほかの場所は桃泉花の支部を作って賄っているのが現状だ。


 加えて言うと日本を真ん中で分ける様に今では大きな湖ができており、分断されている。

 富士山の噴火で地形が変わったのだ。


「それにしても富士山が龍脈りゅうみゃくの3つのかなめの内の1つだったとは。まさしく日本のシンボルじゃないか」


 侘助が感心したようにつぶやく。

 彼の言うように日本の龍脈を正しく作動させるための要の1つが日本の中心にある富士山だったのだ。

 噂では残りの2つの龍脈を桃泉花と陰陽寮で守っているようだが、真偽は定かではない。



 ともあれ、それが爆発したことにより、地上には隠があふれた。

 留められていた強力な気が一気に放出され、その影響を受けたのだ。

 記録によれば、数百年に一度のペースで噴火しており、そのたびに大きな隠との闘いを続けてきたのだという。


 そしてそれは今もなお止まることなく溢れている。

 自然とはかくも雄大な物だということを人類は感じざるを得ない。

 時代を遡れば、隠との戦いの記録は2000年前より記述がみられるが、現代の隠との歴史の始まりは、間違いなく50年前の噴火である。


「生まれてくる前のことだけど、今に至るまで影響があるってすごい話だよね」

「そうだな。こうやって知るってことも大切な追儺師ついなしの役目だし、しっかり覚えて置かねえとな」


 真面目腐った顔で頷き合う2人。

 しばらく感想を言い合いながらお茶を啜っていた。




「そういえば話は変わるんだけどさ、柚月が無事なら夕食まで時間あるし、購買に行ってみようと思ってたんだが、無理そうか?」

「購買!? 行く!」


 ガバリと顔を上げる。

 前日に話していた時から気になっていたのだ。

 柚月は突然元気になった。


「僕武具の購買に行きたい!」

「思ったより元気じゃねーか」

「今元気になった」


 すくりと立ち上がって体を伸ばす。

 バキッと鈍い音が響いた。


「うんぬおおおおお」


 肩甲骨がバキッと音を立てたのだ。

 途端にのたうち回る柚月。


 侘助は苦笑いをしていた。


「ダメじゃねーか」

「い、いける」

「杖でも使うか? おじーちゃん」


 そのまま数分、柚月はその場でプルプルとしていた。



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