第40話 霊力操作

 




 チャイムが鳴り、B組は校庭の前に集められる。


「諸君、おはよう。改めてわたしは新浪にいなみ揚羽あげは。担当科目は霊力操作で火属性の退鬼師たいきしよ」


 退鬼師たいきしは接近戦を得意とする追儺師で主に武器に自分の霊力を纏って攻撃するタイプだ。

 一番隠との戦闘に向いている役どころともいえる。


 何より戦闘が派手な場合が多いのだ。

 大きな刀を振り回したり隠を殴り飛ばしたり、とにかく武闘派ともいえる戦い方をするものが多い。


 新浪もそのうちの一人ということだ。


(何か粗相をしたら怖そう……)


 柚月はごくりと唾を呑んだ。



「さて、君たちは追儺師の4つのタイプについては知っていると思うけれど、どのタイプであっても自身のうちに宿る力、つまり霊力を自在に操れるようにならないとこの先やっていけないから覚悟しなさい!」


 こうして授業が始まった。




「まず自分の霊力を具現化することから始めるわ。皆腕を前に上げて、手と手で挟み込むような形を作りなさい。……そう、そのまま手の間に霊力を集中させて」


 指示に従いもくもくと作業する生徒たち。

 柚月も手と手の間に膜を張るイメージで集中してみるが、僅かな変化しか感じられない。

 既に霊力の流れを捉えられている者達は喜びの声を上げているが柚月は数分やっても捉えられない。


 入試時のサインの時はほんの僅かな霊力を込めればよかったが、具現化となると話が違ってくる。


「くそ~」


 ちらりと辺りを見ると、激励会ですでに術を使っていた3人は当然のように霊力の塊ができている。

 譲は風の塊のようなものが、友里は緑色の球体が、明治は炎の渦が、それぞれ手の間に浮かんでいる。

 他人にもそれが見える様になっているのだから、相当訓練を積んだのだろう。



 焦って反対側を見てみると悟が膝を曲げて顔を赤くしながら力んでいるのが目に入った。

 どうやら彼もいまだに霊力を捉えられていないようだ。

 力みすぎて全身がプルプルと震えている。


 ……下から出ないことを祈ろう。


 柚月はそっと視線をずらすと、そのほかにもまだ捉えられていない者が半数程度いるようだった。


「半々というところか。まだできていない者は粘土をこねるようなイメージで体からひねり出してみなさい」


 様子を見て回っている新浪がヒントをくれる。


(集中しよう)


 どうにも周りが気になって焦ってしまうが、焦りは禁物と自分に言い聞かせ再び手のひらに意識を集中させるように目をつむった。


(ええと、体中の力を手のひらに乗せるようなイメージで……)


 頭のてっぺんからつま先まで、自分の体の中を頭の中に思い浮かべると、どくどくと一定のリズムで鼓動する心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 血が体中に廻っている証拠だ。

 その血の流れに沿って全身をめぐってみると、心臓の下、臍の上の辺り、つまりみぞおちらへんが熱いように感じた。


 それをより感じるために意識を集中させると、体中がなんだか暖かくなってくる。

 全身がお風呂に使っているようにじんわりと温かさが広がっていった。


(何だろう。頭がふわふわする)


 柚月は冷めてしまう前に温かさを手に持っていこうと念じる。

 水が流れる様に、血の流れに合わせて。


 すると指先が意識とは別にピクリと動いた。


 手が、熱い。


 柚月は冷え性ではないが、特別温かい手をしている訳でもないはずなのに、今は手がお湯で包まれているかのように温かい。

 目を開けると、両手が薄黄色の膜で覆われていた。



(これが……僕の霊力?)



 不規則に揺れるそれは水面に反射する光のように不安定で、風でも吹けば消えてしまいそうなほど弱弱しい。


「具現化できたか。そのまま固体にできる様に続けなさい」


 上から声がかかる。

 集中していて気が付かなかったが、新浪が近くまで来ていたようだ。


「こ、ここからどうすればっ!?」

「そうね。空中にある水分を取り出すように、純粋な霊力を絞り出して」

「し、絞り出す……」

「今の貴方の状態は霊力も雑念も多く含んでいるから不安定なの。もっと心を落ち着けて手元に意識を集中して」


 そんなこと言われても……。

 既に限界まで手元に意識を集中させている。これ以上どうしろというのか。


 い、いや、落ち着け。

 いつも僧正や澪に言われていたことを思い出すんだ。


(確か無我の境地といっていた気がする)


 意識を一所に集結し、ほかのことは考えない。

 要するに、できるかできないかを考えず、ひたすら自分の内なる力を集約させる。

 そうすると引き出せていなかった自分のそこに眠る力を呼び起こせる、そんなことを言っていた。



 柚月は焦りも期待も捨て去り再び意識を極限以上に集中させる。

 周りの声や意識がだんだんと白んでくる。

 そんな中、ふと高揚した新浪の声が聞こえてきた。


「そう、それだ!」

「えっ、どれ?」

「ああ、終わっちゃった」

「えっ? ああ!」


 新浪の言葉につい意識を取られてしまい手に集まっていた光が拡散していく。

 ああ、しまった。

 集中を切らしてしまうとあっという間に手の光が消えてしまった。


「惜しい、惜しいぞ! 鍛え続ければすぐにでも出来そうだった。今後も励むように」


 彼女は柚月の肩に手をポンと置くと、そう言い残し他の生徒の補助に向った。



 柚月は先ほどの感覚を忘れないうちに考える。

 あの一瞬、自分の意識と体の境界がなくなったかのように思えた。

 恐らくあれが無我の境地に至る一歩であろう。

 彼は再び手に意識を集中させた。





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