第37話 霊視と気視

 




「さて、お前らぁ今日から本格的な授業が始まるが、心の準備はいいか」


 翌朝のホームルームで相も変わらず気だるそうに竹ノ内が言った。


 彼は昨夜、寮前でクラスを集めて焼肉をごちそうしてくれた。

 だいぶ良い肉だったみたいで、柚月達は夢中で食べていたのだが、同じように食べていた竹ノ内は今朝は胃もたれを起こしているようだ。

 少し顔が青くなっている。


「先生ぇ、二日酔いですか?」

「ちげーわ。胃もたれだよ。お前らよく無事よね。全く歳は取りたくねーもんだな」


 悟が揶揄うような口調で挙手をした。


 竹ノ内はげんなりした様子で教卓に凭れている。


「先生、しゃきっとしてください」


 今度は譲だ。


「うるせーお前らとは違って消化が遅いんだよ。まっすぐ立つと腹が出る」

「もともと出てるんじゃなくて?」

「出てねーよ。磯部いい加減にしておけよー」

「すいませーん」


 本当に教師と生徒の会話だろうか。


 疑問に思うところだが、昨日の今日でもう慣れてきている自分がいる。

 竹ノ内の気だるげな態度については自分たちが何を言っても治らないのだろう。

 もうそういうものとして扱ってしまった方がよいのだ。

 柚月は効率を求めた。


 決してツッコミが面倒くさくなったわけではない。決して。



「はいはいお前らね、一限は俺の担当だから別にどんな態度だっていいけどな? 二限の新浪にいなみ先生の授業は真面目にしねーと怖ぇーぞ」


 新浪先生……確か入学式で板割りもとい丸太割りをしていた女性だったか。


 あれはすごかった。

 いつか自分もあんなふうにできるようになるのだろうか。

 柚月は自分に筋肉がムキムキといた所を想像してみた。


(……いい!)


 男のロマンだろう、筋肉というのは。


 そもそも付いていてマイナスポイントになることなどほとんどないのだ。

 なれば自分の目指すべきはムキムキナイスバディだろう。

 柚月もお年頃の男の子なのだ。筋肉に憧れないわけがない。



 そんな妄想をしているとホームルームが終わりを告げる。

 一限は先ほど竹ノ内が言っていた通り、彼の担当「気力・霊力総合」だ。

 本当にあの気だるげな男が教えられるのかは微妙なところだが、一応教員として雇われている以上授業はしっかりと勤め上げるようだ。



 着席の鐘が鳴る。


「よーし全員座ってるな。じゃ授業を始める」


 腹を摩りながら教壇の上に立ちチョークで何かを書き始める竹ノ内。

 柚月はノートを開いてシャープペンシルを握った。



 ホームルームとは打って変わってチョークが黒板にぶつかる音と時計の針の音だけが響く。

 あれだけおちゃらけていた悟も今は後ろの席で真剣に書き写しているようだ。

 授業に対する熱意が違うのだ。

 ここに集まったものは皆、隠に対抗するための力をつけに来ているのだから。




「――よって霊視というのはその場に残された霊力の筋をたどることで成り立つ。ちょうど残り香や残留思念などと呼ばれることもあるな」


 竹ノ内の授業は滞りなく進む。

 初めは初歩的なことのおさらいのようだ。


 柚月は霊視は出来ているのだが、なにぶん自身を追い込んだ境地で発現したものであるため原理などわかっているようでわかっていない。

 この場で原理を改めて教えてくれるのならば、より確実な糸となって見えるはずだ。



「一方“気”の見方については見ようとして見られるものじゃあねぇ。精神を落ち着けて自然と同一になった時、ようやく見えるものだ。

 気とは自然に宿る力。有機物・無機物問わず宿しているものの力だな。霊力が“動”の力だとすれば気は“静”の力。動かすんじゃなくて引き出すものだ」



 人間の中にあり生命力ともいえる霊力、そして霊力を使わずとも自然の持つ気を引き出すことで術などが使えるようになる気。

 この二つは似て非なるもののようだ。


「どちらも術や式に仕えるというところは同じだがな、威力は霊力を使ったものの方が高くなる。当然だな。己の内にあるものを使うのと、他所から借りて使うのでは雲泥の差がある」



 竹ノ内は黒板に人間の絵を2体描く。

 人体の水分量のように一方の人間の絵に%を書き込むと、線を引き霊力と書いた。

 ちょうど数学の貯水槽の絵のようだ。

 そこから体外にい向けて矢印が引かれる。


「一方で持続力は気を使ったものの方がある。霊力は自分の精神力を使うからな。溜めて置ける霊力も人によって差はあるが、自分のストックがなくなれば術は使えなくなる。その分気は自然の力だからガス欠を気にする必要もねえ」


 今度はもう一方の人間の絵に外から数本の矢印を引き込み、気と書いている。


「どちらもメリット・デメリットがあるからよく覚えて自分に合った方を見つけていくように」


 自分はどちらなのだろうか。

 柚月はしっかりとノートにメモを取りながらそう考える。



 教室内では相変わらずカリカリとペンを走らせる音が教室に響いている。


「お前ら入試で霊視の問題を解いただろ。あれを突破してきているお前らなら大丈夫だと思うが、霊視や気視は基礎中の基礎だからな。それが出来ねぇと隠と戦う以前の問題だ」


 そういえばそんなこともあったな、と随分昔のことのように思う。


気視きしは極めると龍脈りゅうみゃくが見える様になり、霊視は相手の行動が予見できるようになる。どちらも戦闘には欠かせない能力だから、各々常に鍛える様に」


 龍脈とは気の溢れる地脈とでも言えばよいのか、自然の力の源である。

 こちらに関してはまだできていない柚月は、寺で教わった視認の方法を思い出す。

 いわゆる精神統一や滝行もこの一環だ。

 冬の冷たい水に長時間触れる沐浴と滝行の辛さを思い出した彼はうえっと下唇を突き出した。



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