第36話 同室
柚月は寮の自室にやってきた。
入学手続きの際に一度来たことはあったが、荷物のある状態の部屋を見るのは初めてである。
10畳程度の広さの部屋にベッド、机、椅子が2つずつ置いてある。
2人1部屋の寮だった。
10畳の他にそれぞれ1畳ほどの広さのウォークインクローゼットが付けられている。
寮にしては随分と現代的な部屋だ。
あらかじめ運ばれてきていた荷物の紐を解き、服などの生活必需品を入れ込んでいると部屋のドアが開いた。
同室の相手がやってきたのだろう。
柚月は顔を上げてドアの方を見る。
やってきたのは柔らかそうな黒髪に切れ長の涼し気な灰色の瞳をした男だった。
男は入ってきてこちらを見ると、少し驚いた顔をした。
「やあ、君が同室なんだね。有名人と一緒の部屋になるなんて運がいいな」
さらりと流れた髪の間からちらりと金色のピアスが覗いている。
シンプルながら存在をしっかりと主張するそれは、きらりと揺らめいた。
「俺は
にこやかに手を差し出される。
人当たりの良さそうな男だ。
柚月はなんだか安心して侘助の手を握る。
「僕は」
「天見柚月君だろ? 今日の出来事でこの学校に君のことを知らないやつはいなくなったよ」
自己紹介をしようとして遮られ驚いた。
そんなに有名になってしまったのかと内心冷や汗をかいていると彼は微笑んだ。
「神子様に弟子がいるなんて聞いたことなかったからね。皆のあこがれなんだ、神子様は」
「そうなんだ。……僕本当に何にも知らなくて、すんごい驚いたんだよ」
「あはは、だろうね」
彼は手を解くと自分の荷物を片付け始める。
ボストンバック一つだけのようだ。随分と荷物が少ない。
柚月も余計な物は持ってこないようにしていたつもりだが、それにしても彼の荷物は少なすぎやしないか。
彼は視線に気が付いたようでこてんと首を傾げた。
「随分不思議そうだけど、そんなに珍しいかな?」
「あ、いや。随分と少ないなぁと思って」
「ああ、俺は物にこだわりとかなくてね、服とかもあんまり興味がないから必要最低限しか持ってこなかったんだ。それに必要になったらその時に買えばいいかなって思ってたし。ここ、購買部も凄いらしいから」
「購買部?」
購買と言えば学校の炭などにありちょこまかしたものを売っているイメージだったが、一般の購買とは違うのだろうか。
「うん。知らない? この学校には5つの購買があって、服飾系、食料系、生活雑貨系、図書系、そして武具系に分かれているんだ」
「そうなんだ」
「もうなんでも揃うみたいだよ。もしないものがあってもリクエストすれば取り寄せできるし。中でもやっぱり段違いなのが武具系の購買部と図書系の購買部だって」
「図書はともかく、武具って珍しいよね。どんな感じなのか想像できないなぁ」
武具と言えば、武道場の壁に飾ってあったものを思い出す。
木刀はもちろん、弓や薙刀などあった。
あれらは刃が付けられているようだったが、訓練用のものなのだろうか。
実戦用の刀を壁に飾ってあると思いにくいが、もはやこの学校に常識など通用しないような気がして武者震いを起こす。
もしも実戦用の武具で授業をするのだとすれば、もちろん購買部にも同じものが置いてあるのだろう。
柚月は想像したらなんだか楽しくなってきた。
ようやく隠と戦う者らしくなってきたのではないか。
「今度いってみるか? 対隠のための武器になるものをそろえてある店で退鬼師には絶大な支持を得ているみたいだぜ。逆に図書系の店は陰陽師に人気だな」
「へえ、なるほどそれぞれの戦闘スタイルを補助するものを売っているのかな」
「ああ。退鬼師はやっぱり日本刀モデルが多いみたいだし、陰陽師は本の中に式を閉じ込めて使役することもあるらしいから、それ用の空白の本とかもあるらしいぜ」
知らなかった。
柚月は本当に何も知らないまま入学したことを改めて実感する。
急にここへ行けと言われ試験を受けさせられたのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、なんにせよ学校に対する知識が少なすぎる。それに対隠に属している団体や機関についても。
彼は隠に対する知識は付けていたし、隠に対抗するための修行も積んできたが、それだけでは世の中やっていけないのだということを思い知らされた気分だ。
「?」
侘助は不思議そうにこちらを見ている。
「あ、ごめん何でもない、です」
「あはは、敬語なんていらないよ。しゃべりやすいようにしてくれて構わないから」
「ありがとう。僕15歳なんだけど、
「俺? 俺は17だよ。去年神子様に助けられてここにきてるんだ。幸い家族は無事だったから復讐心とかは持ってないけど、もし自分が役に立てるんだったら役に立ちたいと思ってさ」
神子、つまりは澪だろう。
去年と言えば、一つ大きな出来事があった年だ。
全国的に隠の活動が活発化してきたのだ。
そしてその結果、人々の関心が集まったことで多くの妖や物の怪が生まれ出た。
芋ずる式にその対応に追われた対隠団体はかなり消耗してしまっていたが、それと同時に襲われた者達が隠と戦うために関係団体へと殺到したのだ。
今年、学校の倍率がすさまじかったのはこれが所以である。
かなりの数を討伐したとはいえ、いまだに増え続ける隠を退治するためにより多くの追儺師を育まねばならない。
今日、澪は本当であったら入学式に参加する予定だったが仕事が入って出られなかったと鼓は言っていたのもこれが理由なのだろう。
話は戻るが、澪に助けられたという侘助もそれに属する者なのだろう。
初っ端から触れにくい話題を振られたが、彼自身に強い復讐心がないようで安心だ。
隠を憎む気持ちも、過ぎれば隠になる。
それもかなり強力なものに。
出来れば誰もそんな負の連鎖を起こしてほしくはないのだ。
「それは……何と言ったらよいのか」
「あはは、気にしないで大丈夫だよ。俺には、だけどね」
侘助はそんな反応を予想していたように軽い口調で言った。
ぱちんと軽いウインクをされる。侘助は伊達男気質なのだろうか。
もし自分が女だったら、危うくときめいてしまっていたかもしれない。
いや、男でもその気の回しようには感嘆の声が出るのだが。
「……侘助が気にしないのならいいんだけど」
柚月は照れくさそうに頬を掻いた。
「そういえば、柚月って何組なの?」
自然な流れで話題を軽いものに変える侘助。
こういうところまで完璧であった。
柚月は面食らう。
「あ、えっとB組だよ」
「そうなんだ、俺A組だから隣だな。もしかしたら合同授業とかあるかもしれねーな。その時はよろしくな」
「あ、そうだね。こちらこそよろしく!」
「おう! じゃあ荷物適当に分けちゃおうぜ。お互いに」
「そうだね」
そういわれてみれば、荷物分けの最中だった。
柚月はベッドの脇に作った小さな棚の上に目覚まし時計を置いた。
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