第34話 神子

 



 再び料理コーナーへとやってきた柚月。

 まだまだ料理は作られているようで、どれも湯気がたっている。

 おいしそうな料理の数々に食べたはずなのに食欲が掻き立てられる。


(どれを食べようか)


 肉巻きおにぎりもいいし、ミニオムライスも美味しそうだ。

 そう考えるが、先ほど譲に肉ばっかりだと指摘されたことを思い出す。

 寺にいた頃も野菜より肉の方が好きで野菜は出されなければほとんど食べていなかった。

 それを妹にも指摘されるほど。


(……野菜を見に行こう)


 柚月は妹には弱かった。



 肉コーナーから少し離れた所に野菜コーナーはあった。

 ほくほくと湯気を上げている野菜炒めや艶のあるお浸し、そしてサラダコーナーのように生野菜が並んでいる。

 柚月は適当に野菜を乗せるとドレッシングをかけようと手を伸ばした。



「あれ、珍しいじゃん。言われなくても野菜とるようになったんだ」


 と、すぐ横から聞きなれた声がした。

 驚いてそちらを勢いよく振り返ると、予想した人物がそこにはいた。


「えっ!」

「やあ、ちゃんとやってる?」


 白く長い髪の毛に深い青色の目。

 身には黒の軍服のような服をまとっている。


 その人は……


「っれ、澪ちゃん!?」

「うん。私ですよ」


 事も無げにそういう澪。



 いやいや、待て待て。

 ここは学校なのになぜ澪がいるのだろうか。

 それよりも、何の気配も音もしなかったのに、いったいどこからやってきたのか。

 気になることはとめどなく溢れてきて混乱してしまう。




 そんな混乱をよそに、一気に会場が沸き始めた。


「えっ!?」

「あれって」

「嘘!!」


 などというどよめきが広がっていく。


「あちゃー。やっぱりこの場に来るのはまずかったかな」


 周囲の反応をさして気にしていないように言う澪。

 その目線はずっと柚月に向けられたままだというのに、会場がどうなっているか理解しているようだ。

柚月は周囲のざわめきにはっと正気に戻る。


「ちょ、ちょっと澪ちゃん! なんでいるの!?」

「ええ? もしかして知らない?」

「いや、何を!?」


 いつもの主語が抜ける癖が出ている。

 しかも質問をしたのはこちらなのに、質問を質問で返すのはやめてもらいたいところだ。

 思わず強めのツッコミを入れてしまう。


 その瞬間、「あいつ誰だ」「おい、不敬だぞ」と言ったざわめきに変わった。

 何か悪いことをしてしまった時のようにひそひそと何かをささやく声がいくつも上がる。


「?」


 いったい、なんだというのだろうか。



 疑問に思っていると入口の方から澪と同じトップスに袴を合わせた女性が進み出てくる。

 女性は30代くらいだろうか。濃い紫色のつややかな長髪を組紐で一つにまとめている。

 凛とした声が会場に響き渡った。


「だからあれほど先に行くなと申したはずですよ」


 彼女は近づいてくると2,3歩ほど離れた位置で止まった。




 柚月は動くことができなかった。

 いや、柚月だけではない。

 それまでひそひそと話していた会場にいる者すべてが彼女の放つ威圧感に息を呑んでおり、いつの間にか会場はしんと静まり返っていた。


 喉元に鋭利な刃物を押し当てられているかのようにピクリとも動けない。

 今この場で動けているのは澪のみだった。



「えー。だって」

「だってじゃありません。わたくし達がこの場に来てしまえばこうなることが分かっていたから、場を整えようと思っていましたのに」


 澪はいつもと変わらぬ態度で不満を言っており、女性はため息交じりに澪を見ている。

 本当に些細な会話であるのに声すら出せなかった。


 何とか視界の範疇に入っている女性を横目で伺ってみると、その瞳は髪と同じく濃い紫色をしていた。

 どうやら女性は水属性の霊力を豊満に持っているようだ。



「ごめんって」

「いったいどうなさいますの、この空気」

「え? それは亜沙夢(あさめ)が威圧をやめればいいんじゃない?」

「いいんじゃない、じゃありませんよ。威圧をやめてしまえばすぐに囲まれてしまうというのが分かりませんか?」


 会話からどうやら会場全体に威圧(?)をかけているせいで誰も動くことができなくなっていたようだ。



 先生とお嬢様を足して2で割ったような口調の声が静まり返った会場に響く。


「せっかく皆さま楽しくビュッフェを楽しんでいらっしゃったというのに、その邪魔をして。貴方はご自分のお立場が分かっていらっしゃらないようですから、帰ったらまた教育が必要みたいですわね」

「ええー。それよりも食事の邪魔しちゃ悪いよ。早く解きなよ。ほらあそこなんて飲み物零しちゃってるし」


 女性は澪の教育係と言ったところだろうか。

 どうにも二人の関係性がイマイチ釈然としない。



 彼女が一つ溜息をこぼすとふっと息がしやすくなる、体も手先や口なら少し動くようになった。

 どうやら例の威圧を緩めてくれたようだ。

 すると校長がバタバタと走ってくる。


「いや、これは神子様! それにつづみ様もおそろいで!」



「「「きゃー!!」」」


 その瞬間何故か悲鳴が上がった。

 それも複数。中には野太い声も混ざっていた。


 もしも自分がその声を受け取る側だとしたら、お願いして返品するような声だ。

 澪は悲鳴が上がったほうにフリフリと手を振っている。

 またしても悲鳴(野太いもの含む)が上がった。



(って、そんなことよりも今神子って言った!?)


 教室で皆が嫌に騒いでいた話題の中心核だ。

 それが今この会場にいる。

 確か神子の特徴として真っ白な髪を持っているといっていなかっただろうか。

 今会場にいる者の中で真っ白な髪を持つ者と言えば……。



「えええぇ!?」


 そこまで思考が追いつくと柚月も悲鳴を上げた。


「待って!? もしかして澪ちゃんがか、か、か」

「どうしたの柚月、突然猫にでもなった?」


(なるほど、猫とは言いえて妙……て納得してる場合じゃないや!)


 確かに猫は吐き戻すときカカカという場合もあるが、そんなことを今言っている場合ではないだろう。


 柚月は突っ込みたくなる気持ちを抑え込んで疑問をぶつける。


「いやそうじゃなくて! 澪ちゃんが……神子!?」


 思わず指をびしりと差し向けてしまうが、澪はどこ吹く風といった様子だ。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってないし聞いてないよ!!」


 またか! また大事なことを言い忘れる癖が出たのか!

 やはりもはや癖というより態とやっているようにしか思えない。

 柚月は憤慨した。



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