第33話 名前

 



「しかしまあ、先輩たちの追い込みすさまじかったな。天見君も秋雨さんもよく逃げ切ったよ。小さいころから訓練を受けていた俺らでもしんどかったのに」

「本当にねぇ」


 一口大に切ったステーキを口に運びながら相槌を打つ友里は、もぐもぐとおいしそうに頬張っており、時々うまぁーいと気の抜ける声を上げている。


 大量に乗せられていた肉がどんどんと減っていく。


(……結構食べる子なんだなぁ)


 柚月はその食べっぷりに感嘆の声を漏らした。

 細身のあの体のどこにそんな量が入っていくのだろう。

 人体の不思議を目の当たりにした瞬間だった。



「秋雨さんもお疲れ。すごい的確な術裁きだったけど、訓練はどこでやってたんだ?」

「私は……施設の道場で」


 譲は少し言いにくそうに間を開けた。


「施設?」


 思わず口をついて出てしまった。

 譲がこちらを向く。


「……何よ。なんか文句でもあるの?」


 やはり喧嘩腰で返されてしまった。


「いや、僕も施設みたいなものだから……」

「え? お前さっき寺って言ってなかったか?」

「ああ、隠に襲われてたところを助けてくれた人たちが寺の関係者だったんで、そのままそこに厄介になってるんだ」

「へえ。柚月は寺で育ったんだな」

「うん、まあ。……それで? 譲はどんな訓練をしていたの?」



 こちらに話題が流れてきそうなのを半ば強引に引き戻す。


「あれ、名前呼びになってる~!」


 友里が目ざとく気が付いた。

 こういうところ、女子ってよく気が付くよなと感心する。



「ああ、さっき認めてくれたみたいで」

「ちょっと! 認めてはいないわよ!」


 譲は顔を勢いよく上げるとこちらを指さした。



「私はあんたが他の色なしよりは見どころがあると思っただけ! 認めたわけではないわ」

「へえぇ? あんなに顔赤くしてたのに~?」


 悟がまたニマニマという顔をしている。

 そんな顔をしているとまた怒られるぞと心の中で思っていると、予想通りキッと睨まれていた。


「ちょっとあんたはうっさいわよ!」

「てれちゃって~まあ!」

「はあ!? この眼鏡!」



 揶揄う悟の頬を引っ張る譲。

 みよーんと伸びる頬と腕の間からいつの間にか移動した友里が出てきた。


「いいなぁ。あたしも譲ちゃんって呼んでもいい? というか皆名前呼びでいい?」


 マイペースな彼女はニコニコと微笑んでいていがみ合っていた2人は興が削がれたように元の場所に落ちつく。



「……別に、好きにすれば」


 そっぽを向きながら配られたドリンクをストローで吸い込む譲の頬は再び赤かった。

 実は照屋さんなようだ。


「本当! うれしいなぁ。ね、明治!」

「あ? 俺もか?」

「もー、またぼうっとしてたの? しょうがないなぁ」

「あ?」


 分かりやすく眉間に刻まれていく皺。

 こちらもこちらでいさかいが起きそうな雰囲気だ。

 少しはゆっくりさせてほしものだ。



 柚月の視線に気が付いたのか、佐柳は慌てて表情を戻した。


「……悪いな。じゃあ俺もお前らを名前で呼ぶことにするわ」

「じゃあ明治でいい?」

「おう、それで」

「私も私もー! 柚月君でしょ、譲ちゃんでしょ、悟君でしょ、そして~明治ぅ!」



 友里が嫌に高いテンションで名を呼びながら指を指していく。

 明治はそれに動じた様子もなくはいはいとあしらっていた。

 本当に昔からの付き合いなのだろう。

 その様子は小さな子供を相手にした者のようだった。



「……あそこを見てるとなんか急に冷静になるわね」

「あはは、そうだね」

「友里ちゃん明るいし可愛いから俺はうらやましいけどな」

「……ああ、あんたには合いそうかも。お互い賑やかしくていいんじゃない? 知らんけど」

「おっ前、ほんとーに含みのある言い方しかしないよな」

「あら、わかるの? そこは褒めてあげるわ」


 取っ組み合いはないが視線の火花が散っている。

 柚月はもう介入するのも疲れたというのが正直なところだった。



「はいはい、そこまでにしよーね」


 見れば皆の皿からは料理が殆ど消えている。

 よほど体が栄養を欲しているのだろう。

 柚月もいつもより早いペースで食べていた。

 その手にある皿はすでに空だ。


(新しい料理を取りに行こう)


 そして柚月はその場を後にした。




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