第32話 寺生まれの……
「うわ、あんた肉肉しいものしかとってないじゃない」
あの後柚月は高菜のおにぎりと昆布のおにぎり、そして肉コーナーに戻ってチーズの肉巻きとごぼうの豚肉巻きをとって悟と座って食べていた。
立って食べる体力が残っていなかったのだ。
立食というけど座らせてもらっている。
其処へ秋雨がやってきたのだ。
彼女は近づいて来るや否や柚月の皿の上を見て顔をしかめた。
「何だよ。俺たちの勝手だろ」
悟が威嚇するように突っぱねる。
そういえば、秋雨には訓練中に助けられていたのを思い出した。
礼を言わなくては。
柚月は噛んでいた唐揚げを飲み込むと、食器を胡坐の上にのせて頭を下げた。
「秋雨、さっきはありがとう。助かったよ」
「えっ」
彼女は驚いたように目を見開いた。
何か驚くようなこと言ったつもりはないのだが、いったい何にそんなに驚いているのだろうか。
じっと彼女の顔を見つめていると、彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……いや」
先ほどまでの憎まれ口の勢いはない。
本当にどうしたのだろうか。
お礼を言ったつもりだが、気に障ることでも言ってしまったのだろうかと心配になってくる。
隣にいる悟も不思議そうにしている。
「……わ」
「?」
何事かつぶやいた気がして首を傾げる。
「譲でいいわ」
「え?」
何のことだろうか。分からずにいると彼女は声を荒げた。
「っだから!呼び方よ! 譲でいいって言ってるでしょ!」
「ええ……」
何故だか分からないが怒られてしまう。
困ったように悟へ目線を向けるが、彼も分かっていないようだ。
ここは話に合わせておくのがよさそうだ。
「えっと、譲、さん?」
「さんもいらないわ!」
「じゃあ、譲」
ぐっと何かをこらえる様に固まる譲にこちらも困惑してしまう。
「そ、それでいいわ」
「え、うん」
なんとなく譲の顔が赤い気がする。
あれだけ動き回った後だから仕方がないとは思うけれども、大丈夫だろうか。
それに何やら悟がニマニマしながらこちらを見ている。
なんだその顔は。
「じゃあ俺も。譲ちゃん」
「あんたはなんかムカつくわね!顔がうるさいのよ」
「あんだと!」
またしてもぎゃあぎゃあと二人でいがみ合っている。
それにしてもあれだけ動いたのによく悟と張り合えるなと感心する。
足が縺れる程疲れていたのではなかったか。
とりあえず彼女も座って食べたほうがいいのだろう。
「譲も相当疲れてるでしょ? 座ったら?」
柚月は持っていたハンカチを地べたに敷いてやるとそこに座るように促した。
驚いたように振り向く二人。
悟はそんなことできるのお前というような顔で、譲はまた顔を赤くしている。暑いのだろうか。
「おおい、お前、そんな紳士的な振る舞いどこで習ったんだよ!」
立っていた悟も元の位置に戻ってくる。
「どこって言われても」
法師たちは皆座るとき法衣が汚れないように何かを敷いてから座っている。
柚月もそれをまねて身に着いただけだった。
「ええと寺?」
「なんで寺」
「あれ、言ってなかったっけ? 僕寺育ちなんだよ」
「へえー。あ。じゃあさ、寺生まれの丸々さんみたいな感じの人とかいなかった?」
悟はわくわくとした顔になる。
「寺生まれの丸々さん?」
「知らない? 結構前に流行ったんだけど、霊的なものに対して衝撃波みたいなもの出して払える人だよ。「波ぁーー!!」って叫ぶとか」
「いや、僕が知っている限りではいなかったと思うけど」
悟のその話題に事欠かなさそうなアンテナはいったいどこから出てくるのだろうか。
というか彼が言うように「波ぁ」で隠を退治できる人がそんなにいたら対隠団体など作っているはずもないだろう。
柚月は若干体を引いた。
「ちぇー。いないのか。つまらねーの」
悟は不満そうに腕を組んだ。
苦笑いをしておにぎりを頬張る。
うん、塩っ気が効いてて美味しい。
話題を変えようと反対側に座った譲をちらりと見ると、ちょうどおにぎりを一口かじっているところだった。
「それ、具はなに?」
「……鮭よ」
「そう。僕の高菜だけどすごくおいしいよ。塩っ気が効いてて」
「よかったわね」
「……」
「……」
ダメだ。話が続かない。
お互いにまだ距離を測りかねているといったところだ。
「おっじゃまー!」
「邪魔するぜ」
元気な声が頭上から降ってくる。
顔を上げると友里と佐柳がお皿に大量の料理を乗せて立っていた。
これ幸いと話題をそちらに振る。
「二人ともお疲れ」
「おう、お疲れ」
「ほんとにお疲れー!」
二人とも返事は元気だがなんとなくくたびれた感じがする。
そう見えなくとも疲れがたまっているのだろう。
柚月は少し壁によって二人が座れるように空間を開けた。
「どうぞ」
「あ、あんがとな」
礼を言いながらどかりと座った佐柳に続きちょこんと友里が座る。
5人で円形に座る形となった。
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