第30話 激励

 




『そこまで!』


 ふいに大きな号令が聞こえてくる。

 その声に合わせる様に今まであった猛攻がぴたりと止んだ。


「……?」


 柚月は肩で息をしながら声のしたほうを見る。

 壇上にはいつの間にか用意されたホワイトボードと、こちらを見てニコニコとしている校長先生がいた。


『いやー。お疲れ様でした。皆さんナイスファイト』


 軽い調子で話す先生に、一拍遅れて体の力が抜けていく。

 ぺたりとその場に倒れこんだ。

 それは足が縺れて倒れていた秋雨も同じようで、床に突っ伏したままピクリとも動かない。



 今1年で立っているのは佐柳と友里、そして深い青緑色の瞳の男―確か若夏鈴鹿だっけーだけだ。

 佐柳と友里は十二支の家柄ということもあって流石の一言であるが、やはり相当消耗したようで息が上がり肩で息をしている。


 対する若夏鈴鹿という男は涼しい顔で息の一つも付いていない。

 自己紹介も最低限というような簡潔なモノだったが、いったい何者なのだろうか。



 ぜいぜいと荒い息を吐きながら柚月は全体を見た。

 壇上のホワイトボードには何やら点数のようなものが書かれていて、A組からD組までの採点をしていたようだ。


『ふむ、どうやら今年のB組の勝ちのようですね、竹ノ内先生』

「ええ、やりました」



 マイクを通している校長と壁際に寄っていた竹ノ内が目線でやり取りをしている。

 残念ながら柚月は其処まで見ている体力がなかった。


 何故かものすごく目が痛い。攻撃をかわすために目を酷使しすぎたようだ。

 ドライアイにでもなっていそうな感じで、部屋に戻ったらアイマスク必須だろう。

 ここまで短時間で目を酷使することなど今までになかったのだから当然疲労感も初体験である。

 柚月は疲労感のまま床に転がりたい衝動に駆られた。



『ふむ。今年は全員捕らえられはしなかったですね。実に結構』


 校長先生は上機嫌でそう言うと拍手をする。


『残念ながら捕まってしまった方々もよい戦いぶりを披露できていましたよ。特に残り5分を切ってから先輩たちの猛攻を受けるまで残っていた方たちは本当に素晴らしかったです』


 その通りと会場が盛り上がり、先生たちや先輩たちからも拍手が送られる。

 ぱちぱちという音が幾重にも重なり大きな音へと変わった。



『そして最後まで残っていた5名! 君たちの成長が今から楽しみです!』


 先生に呼応するように上級生たちがどっと声を上げる。


 お前らよく避けれたな!

 あそこまでの強い結界を維持するのってすごい大変でしょ?

 次は捕まえてやるからな!


 などという声が聞こえてくる。

 戦闘中に向けられていたような敵意は今は微塵もなく、むしろ好意的な反応だ。


 というか、次があると思いたくはないのだが……。

 疲労しきった頭ではそういった感想しか出てこない。

 本当はもっと反省点とか改善点とか、そういったことを考えられれば良いのだが。


『では今年の顔見せ会もとい、激励会はこれで終わろう』


(ちょっと待て)


 今激励会って言わなかったか。これのどこが激励会なのだろう。

 激励ってもっと勇気の沸いてくる言葉をかけたり励ましてくれたり、そういうことをする会ではないのだろうか。


 今開催されていたのは少なくともそんな要素などなかったように思えるのだが。

 そう思ったのは柚月だけではないはずだ。

 その証拠に1年生は引きつった笑みを浮かべている者が多かった。



 そんなことを考えていると竹ノ内が体育館中に良く響く声を張り上げた。


「やったなお前ら! 今日は焼肉だ!夜7時寮の前集合な」


 竹ノ内は何を言ってやがるんだ、と思ったが声も出ない。

 他のB組の面々もぽかんとしていた。


 その空気を感じ取ったのか竹ノ内はコホンと咳ばらいをした。


「顔見せ会もといこの激励会で1年が残ればそのクラスに金一封が出されるって決まりだからな。5人残ったから相当いい肉が食えるぞ」


 とても爽やかないい笑顔だ。

 お前そんな爽やかな顔できるんだな、とクラス一同はそう思ったのだった。





 いつの間にか水の檻に捕らわれていた1年たちも解放され、元の場所に戻ってきたようだ。

 隣に悟が走ってきた。


「すんごかったな柚月ぃ!」

「ぐふぇ」


 その勢いのまま飛びついて来られ、首がごきりという音を立てた。

 疲れた体にはそれがとどめになったようで、悟の体重を受けきれず床に転がってしまう。

 ごちーんという鈍い音が響いた。


「あ、ご、ごめん」

「……うん、とりあえず重いからどいてくれる」


 下敷きになったままピクリとも動けずにいると、サッとどいた悟が肩を支えて抱き起してくれた。


「お疲れ様。活躍してたな!」

「疲れすぎた。目が痛い」


 端的な言葉しか出てこない。


 痛む目を上から軽く押さえながら立ち上がる。


「激励会って、いったい何だったの……」

「ああ、これなぁ。合同訓練の一環らしいよ」

「合同訓練?」

「そう。捕まってるときに教えてもらったんだけど、顔見せ会では毎年1年生の素質を見るって名目で、1年を敵役に見立てた捕縛訓練を実施しているらしい」



 なんだそれ。始まる前に言っておいてよ。というのが本心だった。

 というかそれは合同訓練ではないのでは……。

 勝手に敵役にされた挙句に走りまわされた身としては文句の一つでも言ってやりたい気持ちになるのも仕方のないことだろう。

 変なところで冷静になる。


「まあ確かに訓練にはなったけど……」

「俺は全然だな。最初の方で捕まってたから」

「そういえば悟、いつ捕まったの?」

「んー? んっふふ」


 悟は目を泳がせながら笑っている。

 変な笑い方でごまかそうとしているようだ。


(この話題はそっとしておいてやろう)


 当人が言いたくないのを無理に聞くのも悪い。柚月は話題を変える。


「そういえば竹ノ内、夜肉食わしてくれるっていってたけど楽しみだね」

「ああ、お前も主役の一人だからな! 同伴に預からせてもらうぜ!」


 途端に明るい顔になる悟。

 本当にわかりやすい奴だ。



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