第29話 ペア
「まあまあ皆、今はそんなことより先輩たちの攻撃をどうするか考えようぜ」
結界内の雰囲気は険悪で、場を取り持つように佐柳が務めて明るい声を上げた。
彼はこういう時に仲裁するのが得意な様子だ。
「いいか、この学校では毎年こういう訓練を突発的にやるって聞いたことがあるんだ。この状況は恐らくそれだろう」
「あー。あたしも聞いたことあるなぁ」
口元に右手を持っていき考えながらしゃべる佐柳に友里も同意を示した。
口元に手を当てるのは佐柳の考えるときの癖なのだろう。
柚月にも似たような癖があるのでなんとなく気になった。
「訓練だとして、いつまで続くのよ」
「……それは分からないけど」
秋雨の問いに明確な答えを持たない友里はシュンとする。
秋雨のとげのある言い方、何とかならないのだろうか。
そんなこと今わかる奴がいるとしたら先生くらいだろう。
(ん?)
そういえば校長を見ていた時、気が付いたことがある。
「あ、壇上で先生がちらちら腕を見ているのを見かけたよ。時計を見ているんじゃないかな」
試験なのだとしたら、当然制限時間を設けているだろう。
恐らくだが先生のあの確認頻度からして、あと5分と言ったところだろう。
それを伝えると驚いた表情になる3人。
「あの騒ぎの中そこまで見る余裕あったの?」
大きな目をまん丸にし友里。
コロコロと表情がよく変わるものだ。
「ああ。昔から避ける訓練はよくやってたから……」
寺での訓練を思い出して遠い目になる。
「?」
怪訝そうな顔を向けられてしまった。
柚月は話題を逸らすように真面目腐った顔をした。
「というか友里の結界はいつまで持つの?」
「んー。もうあと15秒くらいかな」
「それは早く言え!?」
おっとりとした声でそういった友里に佐柳が怒る。
……怒られるのは仕方がないと思う。
時間もないことだし、方針を決めるしかできないだろう。
「と、とりあえずあと五分くらいが目安になると思うから、背中預けながら逃げるしかなくない!?」
「仕方がない。とりあえず一息は付けたからそういう方針で頑張ろう。俺と友里、秋雨さんと天見君のペアでいいか?」
「はあ!? なんで私が色なしと組まなきゃいけないの!?」
「はぁー!? 僕だっていやだけど?」
聞き捨てならないあ言葉が聞こえた。
(僕が秋雨と一緒に行動? ないない!)
そんなもの、こちらとて遠慮したい。
「な、なんでと言われても、俺たちは昔馴染みだから動きやすいし……」
「「嫌だ(よ)」」
二人の剣幕にたじたじになる佐柳。思わずと言った苦笑いをしている。
「あ、ねえ。もう結界持たないよ?」
当然のような顔をして友里がモノ申してきた。
佐柳にとっては渡りに船だったようだ。
「じゃ、じゃあそういうことで、お前らも頑張れよな!」
「「いやだぁー!」」
「ちょっとあんたが避けると私が危ない目に合うんだけど!」
「だからって来るってわかってる攻撃をわざわざ食らう必要なんてないだろ!」
二人は広い体育館の中を走り回っていた。
「だからいやだって言ったのよ!」
「僕だっていやだね! ていうか僕の居る方に攻撃向けないでくれない?」
「お得意の回避をすればいいでしょ!?」
「ほかの攻撃よけながらなんだから、そんなにひょいひょい避けれるわけないだろ!」
「なによ! これだから色なしは!」
「今色なし関係ないだろ!」
結局友里の結界内で決められたペアを断ることができずに、いがみ合いながら走っている。
男の柚月はとにかく、女性である秋雨にとっては体力的に厳しいと思われるが、彼女は苦しそうな顔もしないで付いてきている。すごい体力だ。
もうそろそろ結界から出て5分経つ頃だ。
柚月の予想が正しいのならば何かしらの指示があるころだが、今のところ教員にそれらしい動きはない。
それにしても、今に至るまでに1年生はほとんど捕まえられてしまったようだ。
走りながら辺りを見回しても、まだ捕まっていないのは柚月を含めて10人足らずだった。
(友里の結界にいたメンバーを除いたら残り6人、あ、5人になった)
標的が少なくなればそれだけ先輩方に狙われる確率が上がる。
残り時間も分からないまま、一人また一人と1年生が減っていくのには焦りが増していく。
「次右からくる! その次は上ぇ!」
焦りながら攻撃が来そうな場所の指示をする。
文句を言いつつもその言葉に従い術を放つ秋雨には正直なところすごく助かっていた。
見ること以外に優れた所のない自分一人であったら、すでに捕まってしまっていただろう。
柚月はちらりと捕まった人たちの様子を伺った。
捕らえられた1年は一所に集められており、水の檻のようなものの中に入れられている。
その中には悟の姿も見えた。
(捕まっちゃったんだ! どうしよう。助けにいった方がいいのかな?)
だがそうしようにも、先輩たちの攻撃には一切隙がないため反撃もできないでいた。
先輩たちはお互いの能力を邪魔し合わないどころか、むしろお互いの良さを引き出すように組み合わさった術を放つようになってきている。
(どうにもできない)
正直な感想だった。
そもそもそちらに向えたとして、自分には水の檻をどうにかする手段などない。
どういう原理でそうなっているのかすら分からないのだから、仕方のないことだったのだ。
視線がそれていたのを見逃さなかったのだろう。僅かな隙をついて攻撃が放たれる。
足元に炎の渦が顕れた。
(えっ! 嘘)
炎の勢いは強く、人間がこれに囲まれたら丸焼きになってしまうほどであった。
「ちょっと、よそ見しない!」
声がするのと同時に突風が吹く。
秋雨が息をきらしながら霊力の渦を作ったようだ。
風は一瞬だけ炎をかき消し、柚月に退避できるだけの隙間を作った。
くそっと先輩サイドから聞こえてくる。
「あ、ありがとう」
「礼はいいわ。はあ。それより後何分なのよ」
間一髪渦の中から逃れた柚月は素直に礼を言ったが、一蹴されてしまう。
「それ、は……わかんないけど、とにかく走り続けよう」
「……っ。私そろそろ体力が限界……きゃ」
術をバンバン使っていた秋雨はすでに限界を迎えていたようだ。
足がもつれてその場に倒れこんでしまう。
「ちょっ!」
当然というほど、その大きな隙を逃すほど先輩たちは甘くなかった。
秋雨に向って捕縛の術が複数向けられる。
柚月は秋雨の前に立ちはだかるようにその身をを滑らせた。
体が勝手に動いたのだ。
何かを考える前に、倒れている者を守らねばならないと、頭の中で声がする。
気が付けば柚月の目の前に多くの術が迫っていた。
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