第23話 笑い上戸
「あっはははは!」
突然の大笑いにびくりと体を震わせる。
声の主は床に蹲るように震えている、茶髪の女の子だった。
「ふ、くくお腹いた」
笑われていることに気が付いた秋雨はきっとそちらを睨む。
「何がそんなにおかしいのよ」
「う、あはは……ふう」
けれども女の子は笑い続けて苦しそうだ。
涙を拭うその手の甲には緑色の玉のような文様が浮かび上がっている。
そして涙にぬれる瞳もまた緑色で、どうやら
女はやがて笑いを納めると、ちらりとこちらを向いた。
「はは。さすがは
未だに含み笑いを続ける女に頭に来たように吼える。
「だからっ! 何がおかしいのよ!」
「ええ~? だって集まって数分しかたってないのにいさかいが起こるんだもん。血の気が多すぎというか若さって怖いっていうか……」
「こら、なんで煽りに入っているんだよ」
言葉の途中で女の頭が派手に叩かれた。
スパーンと子気味良い音が響き、女の「あ痛ぁ」という声が聞こえた。
「ちょっとひどいじゃないのさ
「知るか。今のは完全にお前が悪い」
明治と呼ばれた男は見た所20代前半だろうか、片目は前髪で隠れていたが、ちらりと見えたオレンジ色の鷹の目のように鋭い眼光が印象的だ。
だが様子を見ていると、見た目とは裏腹に面倒見の良い兄貴分と言った様子であった。
「悪いなお前ら。初対面なのにこいつが失礼しちまって」
「こいつじゃないですぅー
叩かれた女もとい友里は怒りながら不満を口にする。
結構な勢いで叩かれていたけれど、すぐに怒れるくらいなら平気なのだろうか。
「いや、えっと大丈夫? 友里さん?」
蹲って頭を押さえる友里に手を差し出す。
友里はきょとんとすると嬉しそうにその手を掴んだ。
「うん。あたし
こっちの扱いが雑な奴は
友里はにこやかに柚月の両手をとると上下に振る。
どうやら苗字ではなく名前だったようだ。
意図せず名前呼びになってしまったが、仕方がないだろう。
「それに磯部君と秋雨さんだよね! 二人ともよろしくぅ!」
いがみ合っていた二人にぐるりと顔を向ける。
どうやら敵意はないようだが、何に対してあんなに笑っていたのかは今のところ謎である。
二人の手も取っては上下に振りまわしている。
三人であっけにとられていると佐柳と呼ばれていた男が進み出た。
「俺はこの笑い上戸の面倒見させられてる
こいつ放っとくとほんと面倒ごとばかり起こしやがる。あぁ、こいつの笑いスイッチはどこにあるかなんて長い付き合いでもわかんねーから、まともに取り合わなくてもいいぞ」
額を軽く押さえながらぼやくように話す佐柳は、どうやら苦労性のようだ。
眉間に軽く皺ができている。
それにしても面倒を見させられてるというのはどういうことだろうか。
その視線に気が付いた佐柳は軽く息を吐くといきさつを話し始めた。
「俺たちは昔から隠と戦っていた一族の分家筋でな。こいつが『
「えぇ! 亥と午の分家筋!?」
驚きの声を上げるのは悟だ。
柚月には何に驚いているのかわからないが、ちらっと視線を逸らすと秋雨も驚いているのが見えた。
「そうだよ~。十二支の家の分家筋なの」
友里は肩に掛かった茶髪をくるりと指で弄っている。
その話にはあまり興味を持っていないようだ。
「お前、自分のことだぞ。自己紹介くらいちゃんとしとけって」
「え~面倒」
「お前なあ」
佐柳が頭を振る。
それでも意に介した様子はない。
どうやら本当に昔からの仲のようで、その関係性は父と娘のようにさえ感じられる。
二人はいったい何歳なのだろうか。
そんな疑問をよそに、ぎゃあぎゃあと2人で言い合いをしている。
「あ、はは」
「何なのよ」
これには今までいがみ合っていた悟と秋雨も呆れている様子だ。
突然現れていさかいを納める訳でもなく、自分たちも言い争い始めたのだ。
呆れてしまうのも無理はない。
「ねえ悟。十二支の家っていったい……」
彼らが言い合いをしているうちに分からないことを聞いておこうと尋ねる。
「十二支の家はね~平安時代から続く家で、昔は京の都の警備を任されていた家柄だよ」
柚月の疑問に答えたのは悟ではなく友里だった。
柚月の隣まで椅子をずるずると運んでくる。
どうやら言い合いは終わったようだ。
「天見君あんまり世間のことに興味ない感じ?」
「えっと、そう……だね。テレビとかあんまり見なかったかな。普段は修行ばっかりだったし」
「そうなんだぁ。それじゃ教えてあげる」
そう言いニコリと微笑む。
少し釣り目だがクリっとした目が優し気に細められた。
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