第19話 入学式

 


 柚月は3週間ぶりに葦の矢学園の門の前にいた。


 試験では坤の棟を指示に従い探索した後、軽い筆記試験を行った。

 正直なところ半分ほど時間が足りずに解けなった問題があったので、受験は失敗に終わったかもしれないと落ち込んでいたのが10日前だ。


 筆記試験でも霊力の視認の有無で問題が変わるものが数個あり、問題文を読むのになかなかの時間を要したからだ。


 だから7日前に合格通知が届いたときは舞い上がるほどに驚き、そして安心したものだ。



 1週間で入寮までの手続きと荷物をまとめ終え、今日がいよいよ入学式である。



(悟はいるだろうか)


 自分の合格に深くかかわってくれた彼がいないということはまずないだろうが、と思いつつもやはり心配で辺りを見回す。


 門の周辺には実に様々な人たちがひしめき合っている。

 試験でもそうだったように、そのほとんどが色ありの人たちだ。

 その中には髪全体に色の出ている者や、皮膚に色つきの模様が浮かんでいる者なども見受けられた。


 色なしなのは自分を合わせて両手で足りるのではないだろうか。


 あの日受験した人数はおよそ540人。そのうち今入学式に参加できる人数が140人程度。

 後で聞いたところによると、そもそも受験にまで漕ぎ着けられていたのは誰かの推薦がありそれを学園側が受け付けた人に限っていたらしい。


 つまるところ倍率はもっと高かったようだ。



 自分のことながら、たった3日でよく入学できたものだと感心していると後ろから声を掛けられる。


「よっ! お前も入学できたんだな!」


 良く通る元気な声に呼び止められ振り返る。


「悟!」

「おー! 3週間ぶり!」


 軽く手を上げこちらへと走ってくる眼鏡の少年に手を振り返す。


「よかった! 君も入学できたんだね」

「いやー筆記はほんとに焦ったぜ。問題読むのに必死だったし」

「いやほんとそれ。僕も筆記散々だったもん」

「だよな!? あれ難易度めちゃ高いって」


 お互い見知った顔を見つけてほっとしたように笑い合う。


「だけどよかった。お前がいなかったら学園生活どうしようかと思ったぜ」

「見た限りでも色あり、しかもかなり霊力が豊富な人、多いもんね」

「なー。でもさ」

「ん?」



 こちらを見遣る悟の顔はどこか誇らしげだ。


「俺たち色ありのやつらに勝ったって言えねえ?」

「お?」

「いやだってさ、試験会場に色ありのやつらわんさかいたのに俺たち色なしが入学できたんだぜ?」


 そういえば試験会場には色なしの人がほとんどいなかった。

 それを考えたら霊力が乏しいとされている色なしの人間が、2人も入学している時点で色ありともやりあえるという証明になるのではないか。


「……確かに!」

「なー! やっぱり霊力量だけがすべてじゃねーんだよな!」

 本当に嬉しそうに笑う悟にこちらまで嬉しくなる。



 そのままあーだこーだとしゃべりながら入学式場へと向かう。


 途中同じ試験会場だった30代の男性の姿も見つけた。


「ねえ、あれ」

「ん? おー! あの人も受かったんだな!」


 これで見つけた色なしは12人。

 これだけ探して12人なのだとすると、割合的には1割いるかいないかなのだろう。



「まあ色なしは戦闘には向かねーからなぁ。どうしてもサポート面に集中するよなぁ」


桃泉花とうせんか』の戦闘職も色なしは1割程度で、事務職や戦闘の後の処理をするサポート職に集中しているようだ。

 聞くところによると、そういった人たちは隠に因縁があるものの戦闘には向かないのを自覚しているから、少しでも追儺師を手伝えたらとサポート職で入団する人が多いのだという。


「そっか。そういう付き合い方もあるんだね」

「まあ、隠に関わり合わなくて良いならその方がいいんだろうけどな。現代でそんな生活できてる奴なんてほとんどいねーだろうし」



 腕を組みながら歩く悟。


「やっぱり隠の被害って多いんだよね」

「そりゃあそうだろ。現代じゃ隠なんていたるところにいるんだし。…まあここに来る奴みたいな隠の被害にあったやつはまだ少ないんだろうけどな」


 隠の被害というと柚月にも覚えがある。



 確か柚月達を襲った奴は妖だと言っていた。

 隠はいたるところにあるが、人間を直接襲えるようになるまで育つのは限られているようだ。

 だが、人を襲う隠はそれだけ人の負の感情を蓄えたものだと言える。

 つまるところ、力を持った隠だということだ。


 そんな存在になんの心構えもない人間が襲われてしまえば一溜りもないのは明白であり、ここに集った者達はそうした経験があるものが殆どだという。


(…悟もそうなのだろうか)


 思わず彼の顔をまじまじと見てしまい、気が付いた彼に苦笑いをされてしまった。


「まあ湿っぽい話はなしにしよーぜ! 今日は晴れの舞台なんだからな!」

「……そうだね」


 悟は少し温度の下がってしまった気配を察知したように明るい声を上げると、こちらを振り返った。


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