第17話 霊視文字
「さて、どうしたものかな」
柚月は試験の始まりを宣言されてから改めて配られた冊子を見てみる。
今ここにいる者は最初にいた人数の1割ほどで、皆試験開始と同時に素早く行動を開始したためほとんど残っていない。
冊子に書かれている言葉の意味を考えようと少しの間留まった結果だった。
柚月は指示の意味も分からないまま闇雲に歩き出すべきではないと思ったのだ。
部屋を見回すと同じことを考えていたのだろうか、十数人の受験者が残っていた。
そこには先ほど隣にいた青い髪の女の子もおり、皆見定める様に冊子を眺めている。
柚月も同じように冊子を眺めていると、開始の合図をされる前に気に掛かっていたことがだんだんと分かってきた。
書かれている指示が、時間経過とともに変わってきているのだ。
正確には初めに見えていた「坤の棟を探索せよ」という文言の下に、ぼんやりと青い文字が浮かんできたといってよい。
恐らくは肉眼では見えない文字、霊力で書かれたものだろう。
つまるところ澪の試験で見えた、糸のようなものが文字となって浮かんでいるのだ。
文言は「試験会場に留まれ」という指示だった。
柚月は澪の試験の後、見えていた霊力の糸を意図的に見れるように練習を重ねてきた。
その結果が今でているといえる。
ちらりと周りを見ると、試験会場の壇上の上では相変わらず女性たちが記入用紙に何かを書いており、竹ノ内もこちらの様子を伺っているようだ。
本当に指示に従ってこの場に残っているかを確かめているのだろうか。
それを確かめるすべは今は持っていない。
柚月は集中を切らさないように冊子をめくった。
次の指示は『2階の左から2番目の部屋の謎を解け』だったが、こちらも集中して霊力の糸をたどると違う文言となった。
指示は『1階の階段下の問題を解け』だ。
柚月は指示に従い階段下へと向かう。
その時明るい声に呼び止められた。
「なあ!お前も見たんだろ?よかったら一緒に行かねえ?」
振り返ると黒の短い髪にパーマをかけ、もみあげと後ろを刈り上げにした男の子がいた。
眼鏡をかけたその奥の瞳は薄い茶色でどうやら色なしのようだが、ここに残っていたということは霊力を認識できているということだろう。
「俺、
人懐こい笑みを向けられる。
「僕は天見柚月」
「じゃあ柚月だな!よろしく」
にこやかに手を差し伸べられ握手を交わすと、にかりと音の付くような笑い方をされた。
その笑みは柴犬のようだと柚月は思った。
「いやぁ、それにしても今回は色ありのやつらが大半を占めててこっちとしては肩身が狭いよなぁ」
悟は握手を解くと、冊子をうちわ代わりにパタパタと顔を仰いだ。
顔を見るとうっすらと汗ばんでいるようで、顔も赤くなっていた。
3月だというのに暑いのだろうか。
こちらも冊子で風を送ってやると、悟は驚いたようにこちらを見た。
「お前、いいやつ?」
「え?」
「いやだって扇いでくれてるし」
「暑そうだったから」
柚月は空気を読むのが昔から得意だった。
寺で生活をするうちに空気を読まなければ、あのマイペースたちを動かすことができないと悟ったため、よりうまくなったと言ってもよい。
柚月は寺での生活を思い出し身震いをした。
そんな柚月を他所に悟はきらきらとした表情を柚月に向けていた。
「いやぁ。嬉しいな!お前みたいないいやつにあえるなんて!」
「ええ、そう?」
「うん。だってほかのやつら見てみろよ。そもそも色なしと積極的にかかわろうとする奴なんていないだろ?あ、今更だけどお前も色なしだよな?」
そういって柚月の顔を覗き込む。
五色の霊力は体のうち髪や目に出やすいのだが、まれにそれ以外の部分に出ることもある。
事例では爪や皮膚だ。皮膚に出るときは何かの模様のように出るらしい。
悟はそれを心配しているのだろう。
心配しなくとも柚月の体に文様など出ていない。
「うん。僕も色なしだよ」
「よかった!俺もなんだよな。でも隠と戦いたいって思ったからここの試験を受けることにしたんだ」
悟は話しながら階段の方へと足を進め、柚月もそれに従った。
「でも今回は色ありのやつらが大半みたいだな。チーム組もうにもあいつらが俺みたいな色なしを誘うとか考えられなかったから、本当に柚月がいてくれて助かるよ!」
今回のように周りが色ありばかりだと、色なしの人間はチームを組みにくいのだろう。
「あ、そういえば何も言われてないけど、チーム組んで試験進めてもいいのかな?」
「いいんじゃね?というかむしろ誰かと組んで進めないといけないやつがあると思うぜ?」
頭の後ろで手を組みながら彼は言う。
何かを知っているかのような口ぶりに疑問を浮かべた。
「悟は何か知っているの?」
「知ってるっつーか、冊子見てたらペアじゃないと無理そうなお題があったんだよ」
「え」
「4ページ以降、見てみ?」
いそいそとページをめくりじっくりと見てみる。
4ページ目のお題は『5階の部屋から見えるサインを書け』だったが変化したお題は『お互いの腕に霊力を込めて』という文言が追加されている。
「おおう」
マジか。
一人では絶対ににクリアできないということだ。
恐らく受験者のコミュニケーション能力とかチームでどんな働きをするのか、と言ったことを見ているのだろう。
早めに気が付けてよかった。
というか悟に声をかけてもらえて本当に良かった。
そもそも自分は「色なし」というハンデを背負っているのだから、ひょっとしたら今彼に声をかけてもらえなかったらお題をクリアできずに試験に落ちてしまっていたかもしれない。
「な?」
「…僕、悟に会えてよかったよ」
「な、なんだよ照れるじゃねーか」
本当に良かったと心から思う。
柚月は悟の手と固く握手を交わした。
二人の間の柔らかくなった空気を換える様に悟は冊子を見せてくる。
「とりあえずパパっと進めてこうぜ」
「あ、そうだね」
そうだった。今は試験中だった。
柚月は緩んだ気を再び引き締める様に頬を軽くたたいた。
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