追儺師養成学校

第16話 追儺師養成学校

 

 柚月は学園の門の前に立っていた。

 門の端に刻まれたその名は『追儺師ついなし養成学校 葦の矢学院』。


「マジで来てしまった」


 彼は何度見詰めたか分からない試験案内書をもう一度眺める。



 追儺ついなというのは古くは鬼を払う儀式であり、現代では害を為す隠全般を払ったり退治したりができる者達のことを追儺師ついなしと呼んでいる。


 そして葦の矢学園は政府から認められた追儺師を育成するための学園で、隠に対抗するための能力を育成し、ゆくゆくは隠との戦闘職に就く人材を育て上げるための学園である。


 全寮制で生活のすべての面倒をここで引き受けてくれるとあって、割かし人気のある学園だ。


 追儺師は体外の気を操ることに長けた祈祷師、気と霊力を混ぜ守護の力に長けた結界師、霊力を具現化し接近戦を得意とする退鬼師、そして怨霊や妖を従服させ式神として使役するのを得意とする陰陽師の4パターンに分けられる。



 この学園に集まった者達は自分がどのようなタイプに向いているのかを定められ、やがては対隠団体へと所属するようになるのだ。


 そのため学園側も戦闘に向いているものとそうでないものを見分ける義務があり、入学までに試験を受けなくてはならない。


 今日がその入試試験日であった。



 柚月はつい2日前、澪からの試験を受け目が覚めるとここの入試試験を受けろと言われたのだ。


(いきなりすぎる)



 澪からの試験の結果はどうだったかと言えば、本を探し出せたまではよかったのだがその後鼬から攻撃を受けて気絶をしてしまったらしい。

 目が覚めた時受けたはずの傷は跡形もなく、一瞬試験を受けていたということを思い出せなかったのだが、両手で抱え込んだ本は確かにそこにあった。


 全てが夢ではなさそうだと一安心したのだが、試験内容は本をもって目的地にたどり着くことであり、半分成功半分失敗に終わってしまったのだ。



 ちなみに柚月が目を覚ましたのは試験の次の日の朝。

 がっつりとそのまま寝て過ごしたので、澪とは手合わせをできずにいた。

 それどころかここに通わせるから準備をしろと言われ、現在に至るのである。



(入試って言っても、何をするのか……)


 柚月は入試対策なんて何もしていなかった。

 何しろ時間がなかったのだから。

 本当にぶっつけ本番である。


(筆記科目とかあったら絶対無理だって……)


 柚月は学園の門の前で入試案内書を穴が開くほど見つめる。


『動きやすい服装で起こし下さい』という文言が引っかかる。

 身体能力でも図るのだろうか。


「……」


 こんなところでずっといても仕方がない。

 覚悟を決めると案内書に書かれていた棟へ向かうことにした。





 入試棟、こんの間。


 案内に従い向かった先は5階建ての建物の1階であった。

 上を向けば、最上階の5階に至るまで吹き抜けとなっており、部屋と呼べる部分は少ないのではないだろうか。

 恐らく1階につき2,3部屋が限度であろう。

 円形に建てられ四方をぐるりと見回せるそこは、まるで室内競技場のようだった。


 集められた人数はざっと見ただけでも100人は超えている。

 ここに来る途中にほかの場所へと向かっていた人もいたので、恐らく他の会場でもこのくらい集まっていると思われる。


 全体で集まったのは4,500程度ではないだろうか。



(なんだか空気がピリピリしている)


 ちらりと隣に立っていた男の子を見遣る。

 耳にいくつもピアスを空けていて、黒と金が交じりあった髪を襟足で一つに結んでいる。


(髪は染めたのだろうか。それとも色ありの土…?)


 逆隣を見てみれば暗い青色の長い髪を肩口でシニヨンにした背の低い女の子だった。

 その子は案内書を熟読しているようで視線を下に落としているため瞳の色はうかがい知れない。


(髪全体に色が出ているのかな)


 だとしたらすごい霊力量なのだろうな、と柚月はぼんやりと思った。


 というか、見える場所を見ただけでも色ありの人の多いこと。

 それはもしや色なしは自分くらいなのか? と思うほどであった。



 入試ならではの緊張感なのか、部屋に集まったものたちは実に様々な様子でざわついているが、みなどこか張りつめた表情をしている。



『皆さんようこそいらっしゃいました』


 だだっ広い部屋に上から声がかかるのと同時にふわりと風が吹いた。


 声につられて上を見ると吹き抜けの真ん中、何もないところに一人の男が浮いている。


「!?」


 男性は試験官だろうか、黒いスーツに試験中と書かれた腕章をつけている。


 顔に掛かった横髪が空の様に青く染まり、その瞳は薄い青紫色に染まっている。

 宙に浮いた体は何かにぶら下がっているわけでも、何かにしがみ付いている訳でもないのにゆらゆらと浮かんでいた。


 男はそのまま、まるでそこに地面があるように一歩ずつ降りてくる。



 再びざわつく会場内。


『俺は試験官を務める竹ノ内 あざみと言います。どうぞよろしく』


 地上に降り立った男、竹ノ内はそう言うと坤の間の前方、ちょうど数段高くなっている壇上の傍に歩いていく。


 よく見たら壇上の傍には何かを採点するように筆を動かし続ける女性の姿が複数確認できた。

 全部で7人。壇上の上(試験官の傍)に3人、後は円形の部屋を囲むように四方に1人ずつ。

 皆同じような眼鏡をかけている。


(初めからいただろうか?)


 彼女たちはなにかをひたすらものすごい勢いで記入していっている。


 辺りを見回すと数人、同じように女性の位置を確認している受験生がいることに気が付いた。


(あれ、そういえばなんで位置がわかったんだろう?)


 彼女たちは自分の存在を消すように物音も立てずにそこにいる。


 柚月も竹ノ内が入ってくるまで彼女たちに気が付かなかったはずであるのに、彼が降り立ってからはっきりとその存在を認知できている。


『さて。皆さんが今何に驚いてざわめいたのかはわかる。なぜ俺が浮いていたかが知りたいのだろう』


 思考に耽りそうになるのを壇上のマイクを通した声が遮る。


『答えは簡単。気を固めて足場にしたに過ぎない。俺は祈祷師だからな』


 祈祷師……。

 確か体外にある気(植物や鉱石など無機物・有機物を問わず、そのものが持っている力)を扱うことに長けた追儺師だったか。


 柚月は澪の試験を受けた後の2日で詰め込んだ知識を思い返すと、聞いた単語に当てはまるものに当たりをつけた。


『空気中にある気、特に木属性の風の力を引き出した。風と空気がぶつかり合えば反発で浮けるようになる。まあもちろん、相当の訓練が必要だがな』


 そうは言うものの、部屋の中に嵐のような風が吹いたわけではなくほんのそよ風程度の風しか感じなかった。

 どれだけ気をコントロールできたらそれほど自在に操れるというのだろうか。

 どれだけ考えようともちっともわからなかった。


『皆さんにはこれからテストを受けてもらうわけだが、何も緊張することはない。今から配る試験用紙の指示に従って棟内を探索してもらうだけだ』


 壇上の傍にいた女性が袋に入れていた冊子を取り出し配る。

 柚月は前にいた大柄の男の人から手渡されたものを、一冊抜いて後ろに回す。


 パラりと開いて見てみるが何ら変哲のない地図のように見えた。


『見てもらうとわかるように、その冊子は坤の棟の地図になっている。問題文も指示も、そこにすべて載っているからそれに従い進むように』


 問題文とは地図の上に書かれた『』という文言のことだろうか。

 問題文というより指示だけれども、それ以外に地図が描いてあるのみであるのに探索も何もないのではないか。


 そんな疑問は他の受験者も抱いているみたいで、ざわめきが一段大きくなる。


(ん?)


 竹ノ内がよく響く声で内容説明をしているのを黙って聞きながら冊子を眺めていると、用紙の中で何かが動いた気がした。


 それが何か確かめる前に竹ノ内の解散の声が響く。


『あー、そうだな。俺からいえることはここに何をしに来たのかをよく考えること、ってくらいか』

「竹ノ内さん、それ以上は」

『分かってるって。それじゃ皆さん武運を祈ります』


 女性に窘められて竹ノ内は開始の合図を出した。


 こうして試験は始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る