第14話 鼬、強襲
「キュ!!」
やばい、見つかった!
柚月はそう思った瞬間に立ち上がり足をもつれさせながらも走り出した。
こうなってしまえば、もう鼬に見つからないようにこそこそとすることを放棄してでも本を探さなくては!
「キューキュキュ!」
当然鼬も追ってくる。
相手は宙に浮かんだままこちらへ迫り、足止めをするかのように柚月の足元へ風の塊を放つ。
柚月は嫌な感じのする場所を避けようと大股でジャンプをすると、鼬の放った風の塊をぴょんと避けるような形となった。
「う、うえええ?」
偶然とはいえ攻撃をよけられたと喜んだのもつかの間、攻撃の跡を見て絶望的な声を上げた。
避けた地面は岩でも落ちてきたかのように窪んでいる。
(うそうそうそ、冗談きついって)
心臓が痛いくらいに鼓動が早く、冷や汗が出る。
(あんなの、当たったら無事じゃ済まない!)
初めの切り刻むような風も冗談じゃないが、塊のような風も冗談じゃない。
当たれば骨や内臓がないないしてしまう。
否、それで済めばよいが最悪死……。
「いやいやいや!! 試験だよね? これ! ねえ!!」
柚月はほとんど逆ギレのように鼬にいうでもなく叫んだ。
「キュウ?」
「いや、キュウ? じゃないわ!!」
今度こそ走りながらキレた。
返事なんて求めていなかったのに「え?」というようなイントネーションで返事をされては突っ込むほかないというものだ。
鼬に言っても仕方がないだろうが、一度ツッコミを入れだすと止まらなくなる。
「大体さ! なんなの?! その小さい体で攻撃重すぎじゃんか! 当たったら死ぬわ!!」
「キュウ~」
「嬉しそうにすんな! ほめてないから!!」
何故か嬉しそうな返事をしてくる鼬を心底憎々しく思うし、ツッコミが止まらない。
いけない、こんなことをしていても体力の無駄だ。
鼬のペースに乗せられるな。
柚月は走りながらも可能性に賭けることにした。
走りながら触れる木や岩すべてに触りながら走る。
もしもこの距離でも霊力しか見えていないのだとしたら、ほかの何かに触ることでわずかでも霊力を移せないかと考えたのだ。
もし移せたなら、多少でも時間稼ぎになるだろう。
ちらりと後ろを見るが、そんな願いもむなしく鼬は真っ直ぐにこちらへ向かって飛んできている。
(くそっ移せてないのか? それとも本体が近くにあると霊力の多い方へ来るとか?)
どちらにしてもこの状況でその答えを導き出すことはできない。
(……あれ?)
霊力が持っていたものに映るのだとしたら、澪が置いていった本の霊力をたどれないか?
ふとそんな思いが頭をよぎる。
そうだ。探し出せというくらいなのだから何か目印になるようなものが仕掛けられているに違いない。
試験というのだから、きっと目印は柚月がまだ扱えないものを扱えるようにするという目的があるはず。
そう考えれば目印は澪の霊力という可能性が高いのではないか。
「ああああもう! やってみるしかないじゃん!」
柚月は走りながらも自分の仮設を実行するしか道が残されていないことに苛立ちを覚える。
(できるようになればよし、できなければボロボロになるまで追い込むっていう澪ちゃんの常套手段じゃないか!)
いつもの訓練であれば先に手本を見せてもらったり何かしらの説明を受けたりしてから訓練をする。
今回のように何もヒントもなしに山へぽいっと放り込まれるなど今までからしたら考えられなかった。
(ぶっつけ本番で体で覚えろってことか)
「上等だよ」
柚月はすうっと息を吸い込む。
たくさんの匂いが鼻をかすめる。
抉れて巻きあがる土の匂い、ざわざわと揺れ動く木々の匂い、鼬が放ってくる風の匂い、そしてどこか懐かしい鼬の匂い。
ん? 懐かしい?
柚月は自分が懐かしいと感じたことに疑問を感じた。
あの鼬とは小一時間前にあったばかりだというのに、なぜ懐かしさなど感じるのだろう。それに、これだけバタバタしているのに鼬の匂いだってどうしてわかるのだろうか。
(鼬は澪ちゃんの式って……そうか!)
式神なのだとしたら主人の香りを纏っていてもおかしくない。
そう思った時、柚月の眼に煙のようなものが見えた。
その煙はいろいろな色・形をしており木や岩、そして自分や鼬にも纏わりついている。
柚月はそれが霊力や気なのだと気が付かなかったが、鼬が纏っている煙と全く同じ煙が森の奥に続いていることに気が付いた。
鼬の纏う霊力は白っぽい薄黄緑色で、森の奥からふわりと糸のように漂ってくるそれも同じ色。
柚月は考える前にその糸が続く方へ走りだす。
鼬が後ろから驚いたように鳴いているのをどこか上の空で聞きながら夢中で走った。
(絶対にこっちだ)
柚月にはある種の確信めいた自信があった。
彼が見た薄黄緑色のどこか懐かしい糸は、初めて澪と出会った時に彼女が纏っていた色だった。
(あの大きな弓、あの感じだ)
奥へとずっと続いている糸は、今でも強烈な印象を持っている大弓に比べれば弱弱しいモノだったが、それでも存在感を放つあの光は間違いなく彼女のもの。
1本しか糸がないのであれば普通なら本人につながっていると思うのだが、それにしては糸が細いし鼬の纏っている糸よりも細かったので本人につながっているのではないのだろう。
その考えは正しく、糸が導くままに走っていくと少し開けた場所へと出る。
どうやら湖畔のようだった。
出てきた場所は湖の手前で、糸は湖を通り過ぎて反対側にある切り株の上へと続いている。
そちらを見れば、少し遠くてはっきりはわからなかったが本のようなものがぽつんと置いてあるではないか。
「あれか!!」
柚月は夢中で湖を迂回しようと走り出したが頬に鋭い痛みを感じて立ち止まる。
頬を撫でるとうっすらと血が付いていて、湖の湖面に波紋が広がった。
何かが頬を掠めて湖に落ちたのだろう。
そしてその何かはすぐに分かった。
「キュー!」
鼬が体の周りに小さな石や薄い木の皮などを浮かせて回していたのだ。
(え、まさかあれを風に乗せて打ってきている?)
柚月は嫌な予感に思わず両手を手前に突き出して待てのポーズをとった。
その間も鼬の周りをふよふよと回っている小石などが増えていく。
「お、落ち着け。待てだ。待て!」
意味があるかはわからないがペットにしつけをするときのように指示をする。
その間じりじりと後退することも忘れない。
鼬は指示を無視するように長い胴を丸め力をためるような仕草をし始めた。
それに合わせるかのように宙に舞う石が鼬のもとへ集まっていく。
「うそうそうそ! 待って待って!」
こうしてはいられない。もう鼬は放出間近とでもいうように唸り声をあげる。
柚月は一目散に本へと走る。
あれをとって澪の居る場所まで戻れば柚月の勝ちだ。
「よし、取った!」
確かに手に本の感触がある。
けれども彼が本をとるのとほぼ同時に鼬からの全方位の石礫が放たれたようだった。
「う、うわああああ!」
森の中に柚月の大絶叫が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます