第2.5話 主不在の式典

 



 ――同時刻、遥か遠くの式典場――



!! 式典中に抜け出しやがった!!」


 天井は霞がかかるほど遠くにあり、左右を見回しても非常に遠くに壁のある広大な敷地の中で男が吼えた。

 その目は恨みがましい目つきで目の前の大型異形を睨みつける。


 ここは『桃泉花とうせんか』専用の地下闘技場。

 この場所はいかなる攻撃も通過させないように結界が施されており、特定の人物のために作られたと言っても過言ではない。


 その対象は5人。

 その5人が戦闘をすると普通の場所では被害が大きすぎると判断されたために作られたのだ。



 そんな物騒極まりない場所には、今は4人の人間がいる。

 その他に、広大の敷地を誇るこの闘技場を埋め尽くさんとするほどの異形――おに――であふれていた。


 4人はそれでも焦った様子もなく、まるで世間話でもするかのように自然体でそこにとどまっている。


 一体の隠――人間よりもはるかに大きく、体長は5メートルほどあろうかという巨体の蜘蛛――が吼えた男へと突進してくる。

 まともに受ければそれだけでただの人間は吹き飛びばらばらに引きちぎられるだろうその突進を、男は手に持った1本の刀で受け止める。


「遅い」


 男は1ミリもその場から動かされることもなく軽々と受け止めると、腰に下げていたもう1本の脇差で蜘蛛の脚を切り崩しながら胴体へと斬撃を入れる。


 ――ぎゃっ


 隠が悲鳴を上げようとしたが、斬られたと認知した時にはすでに蜘蛛の頭が地面に落とされた後だった。

 こうして1体の隠がいとも簡単に葬られた。


「あはは、まあしょうがないんじゃないかなぁ」


 この場に似つかわしくない明るい声が闘技場に響く。

 その声は柔らかい女性のものだ。


 声を発した女性もまた、オレンジ色の髪をたなびかせながら大きな人型の異形に何かを投げつけている。

 その異形は数秒後、塵も残らず爆発して消えた。



「何がしょうがないだっ!あいつのせいで倒す隠の量が増えるのはこっちなんだぞ」


 男が再び吠える。

 その間にも複数の異形を切り刻んでいた。

 着られたその風圧で、後ろにいた隠まで切られている。


「でもー、別に問題ないー」

「そうですわね。ちゃっちゃと片付けてしまいましょう?」


 やたらとゆっくりとしゃべる緑色の頭の男と、それに賛同する濃い紫色の長い髪の女性もまた他2人と同様に向かってくるおにと呼ばれる異形を相手取る。


 緑髪の男性の前に浮かんだ本からは鉱石のような体にそぐわぬ速さで隠の首を嚙み千切る猛虎が二頭飛び出し、紫髪の女性に襲い掛かった隠は空中で見えない何かに引きちぎられた。

 あちらこちらで爆発が起こる。



 圧倒的であった。

 隠たちにとっては、その姿は恐怖の対象であろう。


 ここに集められた異形が弱いという訳ではない。

 ここにいる隠たちは対隠団体たいおにだんたいである『桃泉花とうせんか』に所属する他の部隊では消滅まで追い込めずに一時的な封印を施して運ばれた者達だった。


 訓練を受けているはずの部隊でも消滅させることのできない強い隠、ランクでいえば物の怪もののけ)に当たるもの達である。


 だが、今この場にいる4人の人間に手も足も出ない。

 それはこの者たちが異次元の強さであることを如実に証明しているだろう。


「ねえ。これもう面倒くさいー。せっかくこの部屋なんだし、一気にばーんとしたらだめ?」

「賛成ですわ。つなしかえで。わたくしの結界に入りなさいな」


 つなしとは不満を口にしていた男。楓とは、オレンジ色の髪をした女のことだ。

 2人は相手取っていた隠から離れると結界を張るという紫髪の女性の元駆けてきた。


「さ、準備完了ですわよ。思う存分力をふるいなさい一香ひとか

「はぁーい」


 一香と呼ばれたのは緑髪の男性は浮かんでいた本を手に取ると詠唱を始める。


『鏡に映るは星の煌めき。廻るは追憶、千々に満ちるもの』


 詠唱を始めたとたんその周囲を光の束が駆け巡る。

 今なら好機と踏んだ隠が近づくと、焼けただれて塵となった。

 今の彼を包むのは、星の熱。


 詠唱を初めて数秒ののち、本の中から一枚の大きな鏡が出てきた。

 光がその鏡に集約されていく。


『光線の熱に焼かれ消えるがいい。……翠星名桜すいせいめいおう



 瞬間、辺りを満たすのは強烈なほどの熱と光。

 細かい光が桜の花のように舞うその様はとても美しい。だが、その光は灼熱の星の温度を持ち、この場にいるものすべてを塵にしていく。

 それに抗う術など、隠にあるわけもない。


 それから十数秒もすると、あれだけひしめいていた隠たちは1体も残らず姿を消した。




 その場に残ったのは4人の人間。

 彼らは集まると再び言葉を交わしている。


「やっぱり納得いかねえ。書類仕事全部あいつに押し付けてやろう」

「あっはは、それは恨めしそうな彼女が目に浮かぶわ」

「そればっかりはー仕方がないよねぇ」

「まああの子にも再教育が必要かしらね?」

「「「うわっ」」」


 最後の紫髪の女性の言葉に顔を歪める3人。

 思わず足を止めた彼らに女性は振り返り微笑む。


「あら、何か?」

「「「いえ、何でもないです」」」


 見事なハモリだった。

 一様に気まずそうな顔をした3人は話題を変える様に先を急ぐ。


「そ、それよりさ。部屋の結界、解除してよ」

「そ、そうだねぇ。それで何か食べに行こうよ」

「あ、ああ。そうしよう」

「あらあら。どうしたのでしょうね、この子達は」


 女性はニコニコと笑いながら頬に手を当てる。


「さあ、それじゃあ残った書類仕事は全部澪に押し付けてわたくしたちはご飯にでも行きましょうか」

「「「賛成ー!」」」



 ――同時刻、澪は柚月を助けて寺へ移動していた。

 その澪の背中に悪寒が走った瞬間である。


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