第9話 五色の霊力
「柚月もそろそろ演習できそうだし、山に行ってもよさそうだね」
「え?」
学校から帰って早めの夕飯を食べているときに唐突に切り出された。
てっきり今日もいつものような訓練をするのかと思っていた柚月は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
口に入っていた里芋の煮っころがしをかみ砕いてごくりと飲み込む。
「山って、あの山?」
「うん。その山」
「いや……急だね?」
澪は柚月に話を振りつつも目の前にあるおかずしか目に入っていないかのようにくぎ付けになっている。
やがて柚月の器から里芋を一つ奪うとおいしそうに頬張った。
「ん~! やっぱり
聖とはお寺にいる者達の中で最も柚月に年齢が近く、中性的な見た目で薄い杏色の髪を後ろでやんわりと結った優男だ。
初見はこれが本当にお坊さんなのかという疑問を抱いたのをはっきりと覚えている。
一先ずそれは置いておくとして、年齢が近いこともあって柚月としては気軽に話ができる相手でもあるのだが、聖の話は全体的にふわふわとしていてよくわからないことも少なくはない。
それを指摘したこともあるのだが逆に、柚月の読解力が乏しいからだよ、などと軽くあしらわれてしまい剣術勝負にまで発展したこともある。
……負けてしまったが。
聖は剣の兄弟子でもあるのだ。
あれだけふわふわしていて優男であるにも関わらず、剣の腕は柚月は遠く及ばないのを痛感させられた出来事だった。
「もう一個貰い!」
「あっ!」
思考がそれていたため次に食べようと思っていた卵焼きまでも獲られてしまった。
「ちょっと! 食べようと思ってたのに!」
「ざんねーん! 早い者勝ちでーす」
「僕育ち盛りなんですけど!?」
「あー美味しい。これ奈留ちゃんが作ったやつ?」
「聞いて? まあ当たりだけど」
澪は素知らぬ顔でもぐもぐと口を動かすと満足したように頷いた。
奈留が作る卵焼きは少量の砂糖を入れるためほの甘く、じゅわりとふんだんに出汁が入っているため人気が高い。
「あーー! 澪ちゃん! またお兄ちゃんのおかずとったでしょ!」
開けっ放しの襖の外から明るい声が降ってくると、途端に澪がびくりと震えた。
話の当人の奈留が新しい食事を運んでやってきたのだ。
左右の耳の前でくるりと跳ねた横髪が特徴的で、濃いめの茶髪を肩の上で二つ結びにしている女の子。
その髪の内側は薄紫色に染まっている。
これは奈留が隠に襲われて治療が終わった後に自然に染まっていたのだ。
当初は驚いたが2020年代後半から体の一部の色が変わる人間が出始め、現代もより多くの人に色が出ているのだそうだ。
出る色は赤、青、緑、黄、紫の五色。
これは五行の色で、内なる霊力が体の中では納まりきらず、体の表面に出てきて起こる現象なのだという。
色が出る者の中には霊力をコントロールできずに苦しむものもいたということから、色が出るかどうか判断するために7歳になると1度霊力測定を受けることが義務になっていたらしい。
嘘でしょ自分も奈留もそんなもの受けていないけれど…。
まあそれはそれとして、10歳まで5色のいずれの色が出ないものは霊力が乏しいことがわかっており、色なしと呼ばれていた。
国民の半数は色なしであるため差別などはされにくいが、一部の色ありの者が色なしを馬鹿にしたりなどの問題があったこともあるという。
柚月は真っ黒な髪に黒い眼で色など髪にも目にも出ていない。
要するに色なしだ。
色なしとはいえ霊力がないわけではなく、霊力測定をすれば霊力の色がわかる。
赤は火属性、青は木属性、緑は金属性、黄は土属性、そして紫は水属性だ。
つまり奈留は水属性の霊力を豊富に持っているということになる。
対する柚月は外見ではわからず、霊力測定も受けていないため霊力の使い方は愚か、自分が何属性なのかも知らずにいた。
一部例外として
神子とは人類の守り人とされており、隠と戦う能力がとても高く霊力操作や式使役などを行いあらゆる隠を滅する役目を担う存在だ。
古くは安倍晴明がそう呼ばれたことから始まり、子孫たちへと受け継がれたが現代では一般的な退鬼師や祈祷師と同等の力までに落ちているのだそうだ。
血族では晴明並みの力を持つ神子が出せなくなってからは、一般の者から選出されるようになっていた。
以降、特段に霊力が強く扱いに長けたものをそう呼んでいるのだ。
逆に忌子とは隠を呼び寄せ人々に害を為す存在とされている。
ただ、言い伝えでしかないので本当にそんな存在がいるのかは定かではない。
しかし言い伝えでは真っ黒な目と髪、そして霊力も黒であるとされているそうだ。
忌子を世に出さないためにも霊力測定の義務化は推し進められたのだろう。
柚月はその話をされたとき自分が忌子だったらどうしようと不安になったものだ。
何しろ自分は妹と違い色なしで、しかも黒髪黒目で霊力測定をしておらず、霊力も自分で扱ったことなどない為色の確認のしようがなかったのだから。
まあそれは話を聞いた後に澪や聖によって否定されたため、今は気にしていないが。
柚月の霊力は土。つまり黄色だと言われ、ほっと息をついたのを覚えている。
奈留は水属性の豊富な霊力を持っているとされているが、今のところ髪の変化以外に現れておらず、霊力の扱いもまだできていない。
そんな彼女の垂れ目がちな茶色の眼は、右目は透き通っているが左目は白みがかっていた。
まだ幼さの残るあどけない顔に対してそれはあまりにもミスマッチであった。
奈留は保護されてからずっとこの寺で生活をしている。
襲われた時の体の傷は跡形もないのだがやはり目に受けた傷が相当深かったようで、左目は元の茶色がほぼ残っておらず白く濁っている。
彼女曰く、モノは見えているには見えているけれども色がない上に変な靄のようなものも見えているそうだ。
その影響ともう一つ、とあることが原因で普通の学校には行っていないが、ここの坊主たちが何かと世話を焼いているので知識はとても豊富に与えられていた。
そのとあることとは奈留が隠に付き纏われ易い霊媒体質という体質であるということだった。
初めて聞いたときは何のことだかほとんどわからなかったが、要は奈留が狙われやすい状態にあるということだけは認識できた。
だとしたらずっと同じところにいるのは危ないのでは、と思ったのだがここより安全な場所はほとんどないと言われたのを覚えている。
澪がいうにはこの場所は森も含めて高度な結界が複数張られているので、普通にここを目指したとしてもたどり着くことはないらしい。
万が一到達したとしても、その場に居合わせた者達によって即座に防衛網が張られるように訓練しているのだとか。
そういった面があるので、隠によって身寄りがなくなったり傷ついたりした子供を保護し、普通の生活を送れるように支援するという機能もあるそうだ。
そういった子供たち専用の学校や、隠に対抗するための団体を作り隠による被害を防ごうという目的らしい。
らしいというのは、それらの人たちを自分たち以外に見かけないので確かめようが無いのだ。
一度それとなく聞いてみたことはあるのだが、曰く、「ここに入れる人間なんて限られている」かららしい。
どういう意味なのかは分からなかったが、高位な者からの許可がなければ立ち入ることができずもと来た道に出るようになっているようだ。
それが本当かどうかなど柚月にとってはどうでもよいことであった。
自分も奈留もここの人たちには返しても返しきれない恩がある。
そしてここにいれば隠に対抗できるだけの術を教えてもらえるのだ。
ならば多少疑わしいことがあれど、ここを離れるなどするべきではない。
それが柚月の導き出した答えであった。
深く考えない。
もっと言えば、考えても答えの出ないことは考えない主義なのである。
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