第6話 隠とは



「簡単に言うと隠っていうのは、この世にあふれているけれどよく解らないもの全般のことだよ。いまだに科学とかでは解明できていない不思議なこととかね」



 柚月はやはり首を傾げた。いまいち話が見えない。

 そんな気配を見越していたように澪は説明を続けた。



「例えば身近なものだと学校の七不思議とか虫の知らせとか、そういうちょっと不可思議なことから神社でお祈りをするとかお寺をお参りするとか、そういう儀式的なこともそうだね。

 本当にごく普通の生活に紛れているものを指すの」



「じゃあ神様や仏様が僕たちを襲ったってこと?」

「いや、この前のことは君たちが何か悪いことをしたってわけじゃなくてね、一口に隠と言っても幅が広いんだ。

 

大きな分け方としては人間に害を与えるもの、益を与えるもの、そしてそのどちらでもあってどちらでもないものの3つに分けられているよ」

 澪は其処で話を一度区切った。




 よいしょと座布団を押し入れから引っ張り出して柚月の布団の横に置いて座る。


「掻い摘んで説明するとね、神様や仏様などは人の信仰心を糧にして人間に益を還元するタイプの隠。逆に君たちを襲ったような異形や学校の七不思議とかは人の噂によって確立し、人に害を与えるタイプの隠になる。

 そしてどちらでもない隠は人が個を認知する前の段階の隠だ。このタイプの隠は正直言って多すぎて考えるだけ無駄だから、とりあえずは2種類の隠のことを覚えられればそれでいいよ」



 三本の指を立ててそれぞれの指を示し最後に突き立てた薬指をプラプラさせ下ろすと、残った指をまとめる様に逆の手で握った。


「どちらにも共通して言えるのは人間の認知や感情に基づいているってことだね。信仰と好奇っていう違いはあるけれど、人がそれらを個として認知するときに持つ感情によって益か害を為す存在となるんだ」

「へえ」

 何もわかっていないが、とりあえず相槌を打つ。


「人って古くからよくわからない事象を神や怨霊として見ているよね。

 それが人々に益を為すような事象であれば神として祀り信仰するし、害を為すものならば怨霊などの仕業として退治しようとしてきた」


 昔は今ほど科学や医術が進歩していなかったため祈ることでそれらを納めてきた。

 それは歴史を見れば自ずと見えてくるだろう。



「まあ、とんでもない規模の怨霊なんかは例外としてお祀りすることで怒りを鎮めて加護を願うこともあるんだけど、それはまた別の話だから今回は置いておくね」


 だんだんと分からなくなってきたが、澪の話をまとめるとこうだ。



 良い隠→人の正の感情から生まれ、人に益を与えるもの(土着の神様や守護霊なども含まれる)

 悪い隠→人の負の感情から生まれ、人に害を為すもの全般(怨霊や妖、妖怪などが当たり、強さや退治の難易度によって呼び方が変わる)



 ざっくりと見ると隠という大枠の中に人に益をなすものと害をなすものがいるということだ。


 ふむふむとなるほど。

 かみ砕いて飲み込んでいると、澪は話を続けた。



「話を元に戻すとね、要は人の認識によって悪にも善にも成り得るってことよ。例えば……そうだな」

 澪は部屋の外に出ていき縁側から庭に降りると玉砂利を数個拾い上げ戻ってくる。



「これ見てどう思う?」

「え?どうって……」

 柚月は差し出された玉砂利をまじまじと見つめる。


 どう見たってただの石だ。何か特別なことなどあるのだろうか。

「普通の石にしか見えないけれど」

「ふふ、そう思う?」

 石から目を離し澪に目を向けるが彼女は笑うだけだった。



「実はこれはね厄除けの呪いが掛けてあって、玄関に置いておくと家内安全の効果が期待できるんだよ」

「え、そうなの? 」

 再び石を見てみると、なんとなく先ほどより白く輝くように見えた。だがやはりただの石にしか見えない。



 訝しんでいると、今度は逆の手で拾った石を見せてくる。

「じゃあ今度はこっち。これはどう見える?」

 今度も先ほどと同じような形の白い石だ。


「……? これも厄除けの石?」

 触れて確かめてみようとするが、手が届く前にサッと離される。

「いや? これは厄をたくさん吸い込んだ、触ると厄を呼ぶとされる石だよ」

「ええ!?」

 確かによく見てみると白が濁って見える……ような気がする。というか澪は普通に触っているのだが、大丈夫なのだろうか。



 思わず澪を凝視してしまうがやはりにこりと笑みを向けるだけだった。

 そんな風に笑っている場合ではないだろう。

「た、大変! 早く離さないと!!」

「大丈夫よ。私には耐性があるの。この程度なら全然問題ないわ」

 自分のことのように大慌てをする柚月に対して澪は終始穏やかな口調で笑みを浮かべている。




 というよりも先ほどから澪の体が小刻みに震えている。

 まるで噴き出すのを耐えているかのようなその動きに、もしかしたらすべて嘘なのではないかという疑念が浮かんできた。



「……」

「……」



「澪ちゃん」

「なあに?」

 やはり少し声が震えているような気がして思わずジトっとした目で澪を見遣ると、耐えきれないというように噴き出した。



 やはり揶揄われていたようだ。

「~~っ澪ちゃん!」

「あっはははは」

 柚月は顔を赤くしてフルフルと体を震わしながらきっと澪を睨む。



「ははは、あーごほん。ごめんごめん、つい、ね」

 未だに笑いが抜けきっていないまま謝罪を口にされるが全く説得力がない。

 手に持っていた石を全て庭に戻しながらもツボに入ったかのように笑い続けていた。



「笑わないでよ! もう!」

「だって例え話をしているのにあまりにも表情が変わるものだから。ふふ、可愛くって」

「か、かわ!? 可愛くなんてない! 僕は男の子だよ」

「あー可愛い。だって君今どんな顔しているかわかってる? 怒ってるのか恥ずかしいのか、顔は真っ赤だしちょっと目も潤んでいるし……。ふふ、やっぱり可愛いことになっているよ?」




 侮辱をされているようには感じないが、今の自分の表情を指摘されると余計に恥ずかしくなってくる。

「だからっ! 可愛くなんてないって! ……もう、僕は本当に心配したんだから!」

「はは、ごめんね。心配してくれて嬉しいよ」

「…どうだか」

「本当だって。ありがとう」

 やはり笑いを引きずっている澪を見ていたが、笑われ続けるのも癪だったので話題を変えてみることにした




「…で? さっき例え話って言っていたけど、石の話は全部嘘なの?」

「おっ、よくわかったね」

 やはりか。

 柚月はもやっとしたが、無言で話の続きを促した。

「要するにね」



 それが通じたのか、澪は先ほどの話の説明に再び戻った。

「今石で例えたみたいに、誰かがこうだと思い込みそれを誰かに話していけば、何の変哲もないモノでもその力を得るって話よ。なんの変哲もないただの石が、君にご利益のある石だと言った時と厄災を招く石だといった時、見え方が違って見えなかった?」

「……あ」



 澪の話には身に覚えがあった。

 嘘だと知らずに澪の話を信じたとき、ご利益があるとされた石は白く輝いて見えた。

 逆に厄災があると言われた石は濁って見えたような気がしたのだ。



「その顔は身に覚えがあるみたいね?そう、そういうこと。実際はなんの変哲もない石でも君がそうだと信じたとき、その力がそれぞれの石に宿った。まぁ、たかだか一人の認知じゃ何も変わらないけれど、もしそれが多くの人に知られたらどうなると思う?」

「え、どうって」



 柚月は考える。

 さっき澪は一人の認知では何も変わらないといった。それはつまり、より多くの人がそれを信じれば石に宿る力もどんどん増えていくということだ。

 どれだけの認知があれば本当にその力が宿るかはわからないが、一人の認知より多くの人に知られたほうがより強力な力になるのではないだろうか。



「……力が増えて、本当になる……?」

「――正解。そうやって隠はできていくの。善意にしろ、悪意にしろ、大半の隠は人間から生まれたものなんだよ」

「人間から……」

「そう。人間はいろいろな感情を持って生きている生き物で、何かを信じる心もあればそれを想像する力もある。言葉を介し、相手に自分の意見を伝えて意思疎通ができる。その力は隠を作り出すほど計り知れないモノなんだよ」



 なんとなく薄気味悪いと感じる場所や神秘的に感じる場所にはそれぞれの隠がその場にあるのだという。

 人がたくさん集まって生きている現代では、昔よりもいたるところに感情が宿っている。

 それはよい感情も、そして悪い感情も。



「そしてそれらの感情を口に出してしまえば、空に放たれている似た感情の力と混ざり合い存在感を増していく。

 そうして生れてくるのが生身の人間ではできない不思議なことを引き起こす隠の正体よ」



 学校の怪談がよい例だ、と澪はは零した。



 人が集まるところにはあらゆる感情が集まる。

 苛立ち、悲しみ、敵意や害意などが一所に集まることでいくつもの隠が生まれたのだと。



「人と人が付き合うにはいい感情も悪い感情も生まれてくるからね」

 それ自体はごく自然なことなのだが、そうして不思議なことが起こると人はほかの人に話さずにはいられなくなる。

 その結果として核を持たない隠を多くの人間が認知し、核とも呼べる個の姿を形成していくのが問題なのだという。



「隠は個として見られると、生み出された感情に性質が引っ張られるの。

 要するに良い感情から生まれた隠は益を為す存在に、逆に悲しみや怒りから生まれた隠は害を為す存在に成る。

 だから負の感情で生まれれば人に害を為す隠となる。この状態の隠を私たちは妖あやかしと呼んでいるわ」



 柚月達を襲ったものも妖なのだという。

 悪い隠の中には危険度や退治の難易度によって4つのランク分けがされていると澪は言った。


 また難しい話をされて半分以上理解できていないが、ざっくりとまとめると次の4つのランクになる。





 ・隠おに→核を持つ前のランク(死んだ人間が成仏できずに悪さをするとこの隠とされ退治の対象になる。怨霊や悪霊など)



 ・妖あやかし→核を持ち個として見られたばかりのランクの隠(多くの似た感情から生まれ、生み出された感情に基づき理由なく人に害を為す。自身の持つ能力はまだ発現していない状態)



 ・物の怪もののけ→妖がより多くの人に認知されて人の認知に基づいた能力を持つランクの隠(このランクになると人に憑りついたり操ったりも可能。都市伝説などが含まれ、どんな能力化は多岐に渡るため退治が困難)



 ・妖怪→物の怪が全国的に広く知られたランクの隠(このランクになるとそれぞれの個体に名前が付けられているので、妖怪としての人格ができる。よって交渉可能だが人の倫理感など通用しないため要注意。妖怪には妖怪の理がある。退治するのはほぼ不可能。

 全く別口で、人間の激情に憑りつかれた状態でも自己を失わずに妖怪化する事象も確認されている。

 角のある鬼はこのランクに当たる)




 なるほど、よくわからないがとにかく悪さをする隠の中にも強いものと弱いものがあるということだな。


 柚月はすでに煙が出ている頭で何とか理解しようと、要点だけ把握するように指折り数えた。




「まあ、一気に言われても分からないよね」

 説明量が多すぎるという自覚があるのか、澪は苦笑交じりに頬を掻いた。

「ううん」

 腕を組みながらうんうん唸る柚月にはこれ以上今詰め込むのは無理だろうと判断したのか、澪は強引にまとめに入った。



「産み落とされた感情のこもった言葉は地上を漂いたいていは消えていくけれど、その感情が強ければ強いほど残りやすくなり、同じような感情と統合されていく。

……残念なことに圧倒的多数の隠は負の感情から生まれてくるわ。それだけ負の感情のほうが持続し易い激情だということね」


澪は悲しそうに目を伏せた。



「人間に害を与える隠は人間にも認識されやすいから余計に強力な個となる。そしてより広く周知されればされえるほど存在が強く残るから、より手強い相手になっていくの。

昔の人はそれを身から出た錆とか、悪因悪化とか、そういう言葉にして伝えてきたみたいね」



 それの固有名詞を残してはならないという理由からそれらの言葉で残したのだけどね、とため息交じりに零した。



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