第2話 野球帽のおっちゃん

 閉鎖病棟のロビーで入院の説明を受けた。三十センチ以上長い紐は持って入れないこと。もちろん靴紐もだめ。履物はマジックテープの靴かサンダルにしなければならないこと。消灯は二一時。起床は六時。食事は一日三回。もちろん病棟の外へ出るのは主治医の許可がいる。


 着替えは親が持ってきてくれた。僕はひたすら続く幻聴と地獄のような被害妄想と一緒に閉鎖病棟に入院することになった。これも運命だろう。運命の流れには逆らえない。


 閉鎖病棟には様々な人がいた。壁に向かってひたすら喋っている人。むちゃくちゃな妄想をひたすら喋っている人。叫んでいる人。いつも奇妙な笑いを浮かべいる人。表情の全くない人。


 もし健康な人が閉鎖病棟に入ったら気が狂うだろう。閉鎖病棟とはある意味、特殊な空間だ。


 僕は担当の看護師に三人部屋に案内された。ベットが三つとロッカーが三つ。そしてベットを区切るカーテンがひらり。テレビもある。テレビはテレビカードを買わないと見れない。

  

 看護師が部屋から出ていって独りになった。


 「看護師さん、僕を独りにせんとって」


 喉の奥までその言葉が出てきたが、呂律が回らなく言葉にすることは出来なかった。病棟に運び込まれたときに鎮静剤の注射をされていたからだ。強い鎮静剤をうつと呂律が回らなくなる。


 僕は急に落ち着かなくかった。


 怖かったのだ。


 足は震え、今にも逃げ出したかった。


 なぜ自分はここにいるのか。


 自分はもう社会に必要とされなくなったのか。


 自分の人生はもう終わったのではないか。


 そんなことを考えていると、ひとりの野球帽を被った六十歳ぐらいのおっちゃんが僕の部屋に入ってきた。


 ぶ厚い唇に野球帽からはみ出る白髪。黒い眼鏡の奥の瞳は二重まぶたで僕に健やかな安心を与えてくれた。


 「あぁ、いらっしゃい。あんたが新入りさんの大学生か」


 野球帽のおっちゃんの年齢の割にしっかりとしたその声はどこか素朴で昭和な感じがした。



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