第17話-3
「――はあ!? なんで僕が四番じゃないの!?」
案の定、紫乃が桜火戦のスタメン構想を伝えた段階で塁の不満は噴出していた。
「一試合の中で、二番打者が最もチャンスで回ってくる確率が高いんだ。桜火戦、ウチとしては必ず先制点が欲しい。だからこそウチで一番いいバッターであるお前を」
「やだやだ! 四番がいい! 四番じゃなきゃヤダ!」
基本紫乃に対しては歯向かわない塁だったが、今回ばかりは駄々を捏ねとおした。
「ただでさえ先発も副キャプテンに譲ってんのに! これ以上我慢するなんて御免だね!」
頑として譲らない調子だった塁の首を縦に振らせたのは、佐藤の言葉だった。
「二番打者になったら、必ず初回で塁に打席が回ることになるね。相手からしたら怖いだろうなぁ。塁がいきなり桜火相手にホームラン打つところ、見てみたいよ」
家が近いから光葉を選んだ。姫宮塁にとって、高校なんてどこでもよかったのだ。自分さえ入部したなら、その野球部は日本で最強になるのだから。
そんな性格だったから、幼稚園から中学校まで、塁は見事に孤立した。学校でもシニアでもずっと一人ぼっち。そんな状態でも、本人は孤立していることに気づいてさえいなかった。
「一人で野球やってろよ」
「お前と野球やってもつまんねえよ」
モブに何を言われようとも「は? うざ」ぐらいしか思わなかったが、言われた言葉は知らず知らずに心の奥底に沈殿していたのかもしれない。
「――光葉を選んでくれて本当にありがどう……! この出会いは運命だよぉ……!」
だから、当時新二年生の佐藤慎之介に泣きながら歓迎されたときは、変にくすぐったかった。
ちやほやしてもらえるのは最初だけだ。この人もきっと、だんだん僕を煙たがるようになるに違いない。そう思っていた。しかし佐藤は、塁の全てを肯定し続けた。日頃部活に出ずに家で父と練習するというスタイルも、雨の日は気分が乗らないとか朝練は身が入らないとか、遅刻してでも朝のルーティンは全て守らないと気が済まないとか、その日投げると決めた球数以上は誰がなんと言おうと絶対に投げないとか、これまで誰も理解してくれなかった塁のこだわりの全てを、佐藤だけが受け入れてくれた。
何より塁が佐藤を認めたのは、彼が塁の球を、完璧に捕球できたからだ。佐藤目がけて投げると、ミットがとんでもなく気持ちのいい音で鳴る。こんな素晴らしいキャッチングの捕手に出会ったことがなかった。もっといい音を鳴らしたくて、どんどん腕を振るようになった。気づけばその日投げると決めていた球数をとっくにオーバーしていた。塁は今まで、自分が本気で投げていなかったのだということに、初めて気がついた。
事件が起きたのは、当時の主将によって夏予選のスタメンが発表されたとき。塁は、エースナンバーをもらえなかった。理由は三年生の正捕手が、塁の球を全く捕れなかったから。
「ふざけんな! なんで僕の球捕れる慎之介さんが控えで、こんなヘボが正捕手なんだよ!」
気づけば塁は、生まれて初めて、他人のことで激怒していた。自分がエースナンバーをもらえなかったことより、佐藤の実力が認められないのが我慢ならなかった。
「背番号なんて僕はどうでもいい。でも、僕が試合に出ない限り、塁が投げられないんなら……そんなの納得できません。塁を使わないなんて有り得ない」
塁を差し置いて自分にエースナンバーを与えた当時の主将は、佐藤の詰問に「まあまあ」とヘラヘラ笑って応じた。
「いいだろ、最後の大会なんだし思い出作らせてくれよ。お前らにはまだ次があるじゃん。クラスの連中にも俺がエースだって言っちまったし」
「おかしいですよ、こんなの! 塁は全国で通用する投手ですよ!」
「いやいや、しょせん親の七光りじゃん。いいよなサラブレッドは、ろくに練習しなくても一五〇キロ投げれて。あーあ、俺も姫宮家に生まれたかっ――」
その続きを、誰も聞くことはできなかった。稲妻の如く伸びた佐藤の手が、主将の胸ぐらを掴んで締め上げたから。「ぐぇ……!?」細身の体からは想像もつかない力で持ち上げられた主将の顔から、さっと血の気が引いていく。彼を覗き込む佐藤の目の、あまりの凄絶さに。
「お前みたいな、ひとかけらの想像力も持たないクソ野郎が、僕は一番嫌いだ」
刺すような殺気に、主将の表情が悲惨なほど歪む。
「たまたま素晴らしい親の元に生まれて、それの何が悪い。塁には何も関係がない。今日の塁があるのは、他の誰でもない、塁自身の功績だ。僕の尊敬する後輩を、侮辱するな」
必死に詫びの言葉を重ねる主将を突き飛ばし、佐藤は肩を怒らせて立ち去った。
塁が、「この人についていきたい」と思ったのは、後にも先にも佐藤慎之介だけだ。
二番起用に納得したわけじゃない。一番かっこいいのは、四番に決まってるんだから。
それでも、キャプテンがやれと言うのなら。やってあげるよ、仕方なく。
快音。
打球はぐんぐん空へ舞い上がり、瞬く間に米粒ほどのサイズに。誰もがホームランを確信する中、打った本人は速度を緩めず猛ダッシュ。打球はフェンス手前で失速し、レフトの頭を越えるにとどまった。一死二塁――初回から、姫宮塁がチャンスメークで起用に応えた。
「塁が全力疾走!? 珍し!?」
「いつもなら確信歩きしてるところだよね」
「えらいぞー! 塁ー!」
ベンチから騒々しい声が飛んでくる。中学までは、打とうが完封しようがチームメイトは一言もなかったのに、光葉は少しうるさすぎる。こちらに向かって拳を突き出し、狂喜乱舞している佐藤を見て、ふっと塁の表情が緩む。
「……もう少し。うるさいままがいいな」
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