第17話-2

 灼熱の長野オリンピックスタジアム。お揃いの戦闘服を身にまとった光葉ナインは、ベンチで、ただ一人の男が口を開くのを待っていた。

 主将、佐藤慎之介は、静かに目を閉じている。光葉に入部してから、今日まで、野球部で起きた全ての出来事。何にも代えがたい日常。順に、噛みしめるように思い出してから、佐藤はゆっくり目を開いた。千兵を束ねる将軍のような目が、空を映して青く燃える。


「――行こう」


 おうっ! と高らかに応えて、ナイン一丸、灼熱のダイヤモンドへ飛び出す。

 向かい合った両チーム。正面に立った桜火主将、駒場宗親が微笑を浮かべ、遥か高みからこちらを見下ろすのを静かに睨み返してから、佐藤は社交的に笑った。


「お久しぶりです。リベンジに参りました」


「うはは! よい試合になりそうだ!」


 両者、互いに礼。太陽が刻一刻と真上へ昇る中、竜虎相討つ戦の火蓋が切って落とされた。




『――一回の表、光葉高校の攻撃は、一番、センター、小早川君』


 白地に赤のユニフォームをまとう桜火ナインが守備に散った、長野オリンピックスタジアム。まっさらな左打席に飛び込んだ光葉の切り込み隊長は、その山猫めいた眼を眇め、滅多に見せない本気の形相でマウンドを睨み、口角を上げた。


 桜火の先発投手としてマウンドに上がったのは、背番号十――二階堂律。


「先発かよ、あの野郎大出世じゃねえか。けどラッキー――個人的に、お前に一番やり返したかったんだ」


 前回対戦、変則左腕の二階堂相手に爽介は二打数無安打と辛酸を舐めた。やられっぱなしは性に合わない。


 振りかぶり、腰を捻って力を溜めた二階堂の長い腕が、地面と水平に真横から飛び出す。放たれた剛速球は、爽介の背中側から横腹を抉るように飛んできた。


 動物的な反応で、自然に爽介のバットが走った。


 火の出るような打球がファーストミットに飛び込んだ。主将・駒場のダイビングキャッチ。歓声から悲鳴、悲鳴から歓声。電光石火の決着。舌打ちした爽介と二階堂の視線が交錯する。ベンチへ歩く間もじっと二階堂を見つめる爽介の目は、「次は打つ」と燃えていた。


「……やはり、天才か。小早川爽介――是非とも桜火ウチに欲しかったのう」


 桜火ベンチの奥で、名将、浦島が目を細める。今年の一年生の代、長野県全域で一人しかスカウトできないとしたら「小早川を選んでいた」と語るくらい、浦島は爽介を評価していた。


『二番、ライト、姫宮君』


 割れんばかりの歓声が上がる。今日は地方大会三回戦にもかかわらず、土曜日開催ということもあり、収容人数の半分近く、一万五千人あまりの大観衆がオリンピックスタジアムに詰めかけていた。最大の要因は、前の試合で一躍地元のスターとなった一条夏生だろう。女子選手初の甲子園出場なるかと、光葉の進退は長野中、ひいては全国の注目を集めている。まして対戦相手が王者・桜火ともなれば、両校を目当てに観客が集結するのは自明と言えた。


 そして光葉はもう一人、スーパースターを擁している。それがこの――信越の怪童・姫宮塁。


「光葉は打順を入れ替えてきましたね」


「まったく、向こうの監督さんは肝が据わっとるのぅ」


 隣に座る部長の言葉に、浦島は老獪に笑った。打順をいじるには勇気がいる。まして四番を入れ替えるというのは大きな博打だ。


「どう見ますか、監督は」


「『強打の二番バッター』は近年のトレンドじゃ。彼が小早川の後ろに居座られるのは確かに恐ろしいのう。……じゃが――彼は、果たしてこの起用に納得しとるのか?」

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