第12話-3

「――そしてお前だ、王城。言っとくが他人の心配してる余裕はねえからな」


 こちらへ向き直った紫乃に、要は居住まいを正して頷く。


「分かってます」


「よし。まずハッキリ言おう。お前の立場は現状、チームの『第三捕手』だ」


 歯に衣着せぬ紫乃の性格が、要にはいっそ好ましかった。自分への評価を明け透けに言ってくれるのはありがたい。自分がこれから何をすればいいのか、シンプルに考えられる。


「正捕手は佐藤。肩は強くないが、あいつの捕球力は抜群だ。塁の球でもまず後ろに逸らす気がしない。バッティングも悪くないから、このままいけば全試合フルで佐藤がマスクをかぶるだろう。万が一佐藤を代える事態になったとしたら、あたしは響を使う。真水シニアの正捕手だけあってソツなくこなす。お前よりは断然信頼できる」


「はい」素直にうなずいた要の目を、紫乃は興味深そうに覗き込んだ。


「第三捕手に出番があるとすりゃ緊急も緊急の事態。現状じゃ、代打や代走で使いたいとも思えない。つまりお前は、夏の間中ベンチを温めることになる。それでもいいか」


「絶対に、御免です」


 即断言して紫乃を見返す。


「どんな形でも、チームの戦力になりたいです。自分はまず、何をすればいいですか」


 いっそ睨むような目つきに、紫乃も好戦的に笑った。


「ものになるかはお前次第だが、考えはある。だがその前に、お前にミッションだ」


「ミッション?」


「せっかく身近にいるんだ。―—一流に触れてこい」



 ――かくして。


「怪我しても知らないから」


 要は怪物エース、姫宮塁と向かい合っていた。


「よろしくお願いします!」

 

要が紫乃に与えられたミッションは――「姫宮塁の球を捕れ」。


「姫宮さん」


「塁でいいよ」


「じゃあ塁さん。塁さんは、監督にどんなメニューもらったんですか?」


 塁は、非常に嫌そうに教えてくれた。


「……クイック」


「あぁ」思わず納得して頷いた要を、ギロリと桜色の目が睨む。


「なんだよ、お前も僕がクイック下手だと思ってんの」


「いや、下手っていうか……ランナー背負っても思いっきり振りかぶってたじゃないですか」


「うるさい。あの投げ方が好きなんだよ、かっこいいから」


 この人マジか。


「まあ、でも、やるよ。キャプテンは肩がそんなに強くないからね。僕がクイック覚えてあげないと、盗塁され放題だ。全く世話が焼けるんだから」


 いつもの冷たい無表情をどこかほころばせながら、温度のある声で塁が呟く。唯我独尊のエゴイストには違いないが、どうにもこの男は、佐藤のことはとても慕っているらしい。そこを突いて、紫乃にうまいことその気にさせられたようだ。


「てなわけで、座りな」


 プロテクターで完全装備の要にそう指示し、塁はブルペンのマウンドへ。


「何種類かクイックモーション試してみるから、お前壁になれ」


 いじめっ子のようなセリフに固まりつつ、要は捕手位置にしゃがんで構えた。


「捕れってことですよね」


「お前に捕れるわけないだろ。死んでも体で止めろ。だから壁。あ、止めたら間髪入れずに投げ返してこいよ。壁なんだから」


 こいつの前世は王族か? 辟易する要を完全無視して、塁が地面から片足を離した。もう止まらない。来る。動き出したジェットコースターに乗せられた気分だ。オーバースローの右腕が振り下ろされ、今、二本の指先からボールが解き放――


 獣のように暴れるボールが、もう目の前に迫っていた。


「うぇ……――ッ!?」


 額に力士の張り手を食らったような衝撃で、要の体は後方へ吹き飛ばされた。キャッチャーマスクが宙を舞う。視界に星が散る。頭を押さえて起き上がると、塁は虫けらを見るような顔で遠くから要を見下ろしていた。


「おい、早く返せ。出来の悪い壁だな」


 遥か高みから見下ろす塁に、鳥肌が立つくらい、興奮した。


「っの、やろ……!」


 自然と笑いながらキャッチャーマスクを拾い上げ、被り直すと、同じ場所にしゃがみ込んでミットを突きつける。


 確信したのだった。この人の球を捕れるようになれば――俺は野球選手として、一つ次のステージに上がれる。


「もう一本、お願いします!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る