第8話-1
空は快晴、薄紅色のところどころに新緑が帯び始め、夏の到来を予感させる正門の桜の下を、一台の赤い大型バスが潜り抜けた。
横腹に駆け抜ける炎のような筆記体で「OHBI」とロゴの入ったそのバスには、県下最強と名高い名門、
列の端っこには、何やら顔色の悪い兵藤もジャージ姿で立っている。不破と爽介に「肩をお揉みいたします!」と朝っぱらから絡まれ続けたのがよほど疲れたらしい。
兵頭が桜火との練習試合を取り付けた――先週、要の持ってきたビッグニュースに、佐藤は案の定感涙していた。そして、どういう風の吹き回しにしろ、決して兵頭大先生の気が変わるようなことがないように、佐藤から野球部全員に緊急指令が下された。「全力で、兵頭先生の機嫌をとれ!」――今のところ、不破と爽介の暴走で作戦はマイナス気味に働いている。
新チームになって初めて、この日要たち一年生は光葉のユニフォームを着用していた。淡いクリーム色の生地に緑の筆文字で「光葉」と刻印された戦闘服。初めて袖を通した瞬間は、やっぱり興奮した。
「挨拶しっかりねー!」バスの扉が開く直前に佐藤が念を押す。降りてきた一人目に対して、要たちは「おはようございます」と頭を下げた。
バスの降車口からは、お揃いの赤いジャージにエナメルバッグを提げた桜火の部員たちが、「いつまで出てくるんだ」と言いたくなるほど続々と降りてくる。全員坊主で、まるで同じ顔の軍隊だ。七十、いや、八十はいる。監督やコーチと思われる男たちとマネージャーが三人も降りてきてバスの前に整然と列を作ると、要でも圧倒される凄みがあった。
「――しゃあっすッ!!」
挨拶で、ぶん殴られた。
全員の声が完璧に重なり合った挨拶は、音の塊となって飛来し、一同を突き飛ばした。肌がビリビリ痺れる。その迫力に光葉野球部は縮み上がり、兵藤に至っては半泣きである。
ビビった姿を見せた時点で、一つ勝負に負けている。精悍な顔をした桜火の部員たちが、こちらの人数や表情を見て内心侮っているのが、要にはよく分かった。
「――お願いしあぁすッ!!」
要は鋭く四十五度の礼をして、やり返した。負けの空気を切り裂いて、桜火の高い鼻っ柱を殴り返す。桜火が呆気にとられた隙に、列の先頭に立つ佐藤は冷や汗混じりに要に笑いかけ、腹から声を張り上げた。
「一同、礼! お願いします!!」
「しゃああっす!!」
声のデカい不破と爽介と誠が引っ張る形で、こちらも負けじと気迫を見せる。白髪の目立つ初老の男性が、感心したような笑顔で一歩進み出た。
「桜火高校野球部監督の浦島です。本日はこちらからの急な誘いを快諾いただき、ありがとうございます。実は去年からどうしても、光葉さんと戦ってみたくてねぇ。ほっほっほ」
固まった兵頭の代わりに、すかさず佐藤が前に出る。
「こちらこそ、遠い軽井沢からご足労いただきありがとうございます。胸をお借りするつもりでやらせていただきます」
爽やかな笑顔で応対。こういう場面での肝の据わり方は、普段の様子からは想像もつかない。
「ところで――
浦島の出した名は、光葉野球部が抱える超問題児、姫宮塁のことである。
結局要たちはまだ一度もグラウンドで彼の姿を見ていない。部活に顔を出すことはめったにないそうで、佐藤たちが何をしているのかと聞いても「個人練習」とだけ答え、終業と共にさっさと帰ってしまうというのだ。これでは本当に練習しているのかどうかさえ疑わしい。今日の試合のことは当然伝えてあるが、集合時間になっても現れなかった。
「いやあ、ははは……もう来ると思うんですけどね」
「そうですか。では先にアップしちゃいましょう」
浦島は笑顔のままだったが、露骨に声が低くなった。
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