第8話-2

「――おい見ろ、女が混ざってるぞ」


 ダッシュメニューの休憩中、桜火の一人が夏生を指差して言った。


「嘘、あれマネージャーじゃなかったのか」


「あんな可愛い子と毎日わいわい練習してんの? うらやましー」


 体つきを見ればひと目で分かる雑魚たちだ、相手にするまでもない、と要は目線を反らした。ただ、彼らの命のためにも誠に聞かれていないことを祈った。


 軽めの合同練習が終わり、要たちはそれぞれ割り当てられたベンチに集合した。いよいよ、桜火との試合が始まる。


「――試合、いつから?」


 張り上げたわけでもないのに、マイクが拾ったみたいに、彼の声だけ世界で特別な響き方をした。光葉ベンチに悠然と歩いてきたのは、全方位に棘のように跳ねる金髪の男。桜火ベンチまでこちらに視線を集めるくらい、ずば抜けた存在感だった。


「塁!! 遅いぞ、集合何時だと思ってんだ!」


 不破が詰め寄るが、塁は眠たげに目を細めたまま、表情一つ変えない。


「試合には間に合ったじゃん。いつでも投げられるよ」


 ふてぶてしい態度に疲れたように大きな息を吐き、佐藤は要たち一年に彼を紹介した。


「ごめん一年、これが姫宮塁。こんなんだけど、ウチのエース」


 その単語に反応して、要はとっさに田中を見た。田中は視線に気づいたが、一瞬で目をそらした。光葉のエースは、田中ではなかったのか。


 視線を戻すと、塁と目が合った。色素の薄い、桜色の瞳は要を見下すように細められている。長い睫毛、白磁のような白い肌。粗暴な雰囲気はあるが、こうして黙っていれば恐ろしいほどの美形だ。顔の造形から日本人離れしているが、ハーフだろうか。


「挨拶は?」


「……はい?」


「一年だろ、お前ら。挨拶は?」尊大な目つき、触れただけで突き飛ばされそうな威圧感。山路がいの一番に「すみませんおはようございますお疲れ様ですっ!」と半泣きで頭を下げた。


「まあいいや。どいつが試合に出るのか知らないけど、足引っ張んないでね」

 それだけ吐き捨てて、塁はもう「僕何番? 四番だよね?」と佐藤が持つオーダー表を覗き込みにいった。


「悪いなお前ら、塁に何言われても耐えてくれ。俺たちが代わりに謝るからよ……」「ごめんね」不破と加賀美が複雑な表情で謝りに来た。要は正直、腸が煮えくり返っていた。


 練習をサボり、試合に遅刻で謝罪もナシ。不遜な態度で先輩にため口、顧問の兵頭を完全無視の挙句、遠方から来てくれている桜火にすら一言もない――論外だ。スポーツマンとして、人間として終わってる。こんなやつが――光葉のエースだと。有り得ない!

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