第6話-2
翌日の昼休み、要たち一年生は、ひとつ下の二階にある二年生のフロアを訪れていた。
「失礼しまーす! 小早川爽介です! 野球部の先輩いらっしゃいますかー!?」
爽介がさっさと二年の教室に上がり込んだ。「なんだ、一年か?」「なにあの子、かわいー! けっこうタイプかも」「後ろに二人デケえやついるぞ……」「おい、女子見ろ! 可愛くね!?」――爽介の侵入に、教室のあちこちで弁当を食べていた先輩方が騒ぎ始める。
「おっ、お前ら。何しにきたんだ?」後ろの席を男子数人で陣取って焼きそばパンを食べていた小柄なヤンキーが、要たちを見るなり三白眼を丸くした。
「あっ、不破さーん! ちわーっす!」
爽介に続いて挨拶する要たちに、不破は何やら嬉しそうに廊下まで出てきてくれた。「うるせーんだよお前、二年の教室だぞ」と笑いながら爽介の茶髪をワシワシ撫でる。たった一日の練習で、爽介はこの通り随分不破に気に入られてしまった。確かに爽介が後輩だったら、要も可愛がってしまう気がする。
「加賀美さんは一緒じゃないんすか?」
「碧都ならあそこにいるぜ」
言われて教室の前方窓際を見れば、一組のカップルが仲睦まじく談笑しながら食事していた。男の方がこちらの視線に気づいて、軽く手を振ってくる。加賀美だった。
「うおっ、あれ彼女さんすか!? 美人ー! 加賀美さんモテそうだもんなぁ」
「燃えればいいのにな。んなことより、何しに来た?」
「そだそだ、オレたち入部届出しに行きたいんすけど、監督も顧問の先生も名前分かんなくて。昨日の練習じゃ誰も来てなかったし」
五人して持参した紙切れを見せると、不破は「あぁ」と渋い顔になった。
「うちの部に監督はいねえよ。顧問ならいるけど、お飾りみてーなもんだ。練習見に来ることもねえし。まぁとっとと出すだけ出してこいや。
不破と別れてから職員室に到着するまでは、やはり顧問の話になった。
兵藤
「夏生は知っててここを選んだのか」
「うん」と、少しだけ後ろめたそうに夏生が頷く。
「厳粛な監督がいると、ボクや要は門前払いされるかもしれないと思って……」
「まぁ、そうだな」
「でもやっぱり、ちゃんとした指導者は必要だよね。兵藤先生に相談してみようよ」
そうこうしているうちに職員室へ到着。要は先陣を切って入室すると、腹から声を張り上げて名乗り、目当ての人物を呼び立てた。
「えーっと……僕が兵藤だけど」
職員室の奥からやってきたのは、白衣姿のくたびれた男だった。どこか覇気がなく、猫背気味なのも相まって、聞いていた年齢よりも五つは老けて見えた。手足はひょろひょろで腹回りだけ肉がついており、どう見ても運動の習慣はありそうにない。
「はじめまして、一年の王城です。僕たち野球部に入りたくて。入部届を持ってきました」
あらかじめ集めていた五部の用紙を突き出すと、兵藤は露骨に困った顔をした。
「五人も……えっと、仮入部期間はしばらくあるけど」
「いえ、野球やるためにここ受けたんで」
「マジで……? すごいね君」
称賛というよりはドン引きという感じの「すごいね」だった。
「はいはい、じゃあ預かっとくから。僕、野球は素人だからアドバイスとかできないけど、三年間頑張ろうね」
これほど心のこもっていない「頑張ろうね」もなかなかない。事務的に処理され、「もう帰れ」と言わんばかりに微笑まれて、誠は「いこうぜ」と退屈そうに言った。
「あの、練習試合組んでもらえませんか」
体の半身が自分の席に帰りかけた兵藤の腕を掴んでこっちを向かせると、要は真っすぐ彼を見つめて言った。
「えぇ?」
「夏の大会まであっという間です。とにかく実戦をこなさないと。ウチは人数が少ないから紅白戦もできないし」
「あはは……まだ入学したばかりでしょ? いきなり試合とかはちょっと」
「地方予選まで、土日はたったの十三回ずつ。これから毎週やったって足りないぐらいです」
兵藤の笑顔が鬱陶しげに引きつる。
「力になってあげたいけど、野球の世界になんのツテもないんだ。ウチみたいな弱小に声かけてくれるところもないし」
「素人だから」「ツテがないから」「弱小だから」――言い訳ばかりの顧問に、さすがに頭が熱くなった。
「うちにすごい選手が何人もいるの、知らないんですか。去年は県ベスト一六、多少はマークされてるはずです。練習試合の誘いなんて、色んな所から来てたっておかしくない」
「そう言われてもね……」
「……分かりました、なら近所の学校に片っ端から電話して……」
「僕野球は素人だからさ」
「電話に素人もクソもあるかぁ!!!」
落ち着けよ、と爽介が要を引っ張る。そのまま四人に引っ張り出される形で、要は職員室を後にした。
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