第2話-2
「これからオレんちで祝勝会するけど、要も来いよ!」
空が茜色に焼けていく。別れ際、爽介がそう誘ってくれた。夏生がうんうん、と何
度も首を縦に振るのを見て、要はかなり迷った。
「ありがとう。でも帰らなきゃ。じいちゃんたちにも、遅くなるって伝えてないし」
「そっかー残念。この辺で王城って言ったら、あの山の上の一軒家?」
「あ、そうそう」
多少珍しいとはいえ、名字だけで住所が簡単に特定されたことに田舎の凄まじさを感じる。
「夏の間は長野にいるんだろ? また遊ぼうな! オレら割とここで野球やってるから!」
そうして、最後はあっけなく、要は三人と別れた。家に帰ると、寡黙な義祖父が開口一番「楽しかったみたいだな」と言ってきた。田舎のじいさんは超能力が使えるのだろうか。
要のためにあてがわれた部屋に入り、布団の上に寝転がる。久しぶりに動いて、体が少し疲れていた。でも、学校にすら行かずに引きこもっていた春からの日々の方が、何もしていないのに毎日よっぽど疲れていた気がする。
窓の外から蛙の声がする。目を閉じると、それに混じって、白球を叩く金属バットの音が聞こえてくる気がした。それから、不思議な輝きを放っていた、あの少年の声も。
「要君」――蛙の声をかき消すくらい、はっきりと夏生の声が聞こえる。もう二度と会うことはないであろう、長野に住む野球少年。なんだろう。妙に、彼のことが頭から離れない。
正直に白状しよう。今日、要は、とても楽しかったのだ。
「要君」また幻聴だ。自分はどうかしてしまったのだろうか。「――要君ってば!」
えっ、と思い目を開ける。部屋の窓が開いている。そこに一人の少年が顔を出して、目が合うなり満面の笑顔になった。
「やっと気づいた! こんばんは!」
田舎のセキュリティどうなってんだ。
「どうしても要君に話したいことがあって、訪ねてきちゃった。外で話さない?」
「い……いいけど」
背の低い夏生は、家の裏手から背伸びして、どうにか窓から顔だけ覗かせている。要は立ち上がり、窓を全開にしてそこから裏手へ飛び降りた。すぐ脇に置いてあるサンダルを履いて準備完了。「話ってなに」と夏生の方を振り返って――その瞬間に、心臓が止まったかと思った。
夏生は、セーラー服を着ていたのだ。
夏仕様の、水色のラインと赤いリボンが映える白地の半袖セーラー。極めつけに紺色のスカートを履き、そこから伸びた細長い足の膝から下は、黒のニーソックスが包んでいる。
「おっ、お、おおおおおおおお前っ、そ、その格好……!?」
「あー、えっと、やっぱり気づいてなかったのかぁ。ごめん、ボク女なんだ」
弱ったように頭をかく夏生の顔は、深々と野球帽をかぶり、白いユニフォームを身にまとって力投する、要の知る夏生とはどこかが決定的に異なっていた。
長い睫毛。薄ら朱色のさした頰。よく見ると肌も唇も長い睫毛の先までもやけに瑞々しく、なんで今まで気づかなかったのかと思うほど、正真正銘の女子がそこにいた。女にしてはかなり短い、綺麗な髪の毛が柔らかく揺れて、ほのかに甘い匂いが広がる。部活にもシニアにも入れてもらえなくて、ずっと一人で練習してた――夏生の語った身の上に、合点がいった。
「ちょっと、歩こうか」
言われて要は、ドギマギしながら、虫の音が響く夜の山道を、夏生と並んで歩き出した。
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