温かい心 【Cactas 仙人掌】
泣き腫らした顔で事務室に戻ると、立花さんがいつもの表情で出迎えてくれた。
私はその顔を見て、我慢できなくなった。
「私、つばさくんのおばあさんが亡くなってるなんて知らなかったんです 知らなくて聞いちゃったんです……“今日は1人”って、聞いちゃったんです」
私は勢いのまま続ける。
「それにさっきも叱ることはおろか、必死に話してるのに、それに返してあげることもできなかったんです、わたしはただみっともなく泣いて、聞いているだけで」
立花さんは私の拙い話を頷きながら聞いてくれていた。
何分経ったかわからない。それでも真剣なまなざしをこちらに向け、耳を傾けてくれた。そして、私が落ち着いたのを見計らって言った。
「人はね、たぶんいくつになっても若葉なんですよ、間違えて、迷惑をかけながら生きていくものなんです、つばさ君や菜月さんだけじゃない、私だって、佐々木さんだってしょっちゅう間違えて迷惑をかけながら生きているんです」
立花さんは当たり前のことだといったように、ふんわりと力強い眼差しを向けていた。
私はその瞳と言葉に仙人掌を重ねた。経験と忍耐を蓄えた茎は優しい綿毛を纏っていて、その上に暖色の諭花を咲かせている。
そんな空想のさなかで、心は、もう諭花の花弁を受け止めていた。思考が、それに気が付くと、私は今日のこと、そして、これからのことを、ただ必死に熟考し始めた。
しばらくして、それを見かねたのか立花さんは再び口を開いた。
「大事なのは、その後だと僕は思います、まあ、とりあえず今日はもう遅いですし、ゆっくり休んで、また明日からじっくり考えましょうか」
立花さんの言葉に私は考えることを中断し、ただ強く頷いた。そして涙をぬぐい、一礼をして、事務室をあとにした。
廊下にでると佐々木さんが壁によりかかるようにして立っているのが見えた。どうやら私を待ってくれていたようだ。あくびをしながら指で車のキーをくるくると回している。
私の姿に気づくと、少し大きめの声で、話しかけてくれた。
「おじさんは説教臭くて嫌よね はやく帰りましょ、送ってく」
私は情けない声で「ありがとうございます」と言い、頭を下げた。
半分、空いた窓のすきまでは、夜風が木々たちを揺らしていて、少し肌寒かったけれど、なぜか胸の奥は温かかった。
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