自惚れ 【Narcissus スイセン】
立花さんの頼みごとを受け取ってから、早数週間が過ぎ、つばさ君は毎日のように図書エリアに足を運んでいた。お母さんに送り迎えをしてもらっているらしく、お昼ごろに現れては日暮れ時には帰っていくという流れを繰り返していた。今日は、ちょうど植物図鑑を借りて帰っていったところだ。あれから、破られた本などは発見されてはいない。
「つばさくん、本当に植物好きなのね」
私が事務室にて、書類の整理などをこなしていると、交流エリアの清掃を終えて戻ってきた佐々木さんが話しかけてくれた。
「そうなんですよ、今日も質問三昧で困っちゃいます」
「信頼してくれたってことよ、いい調子じゃん!」
佐々木さんは激励するような形で、私の背中を軽い力で叩いた。
つばさ君のことは気にしてくれているようで、最近の二人の話題はもっぱら、つばさくんのことである。
すると佐々木さんが思い出したようにつぶやく。
「そういえば、結局、本を破いた犯人って誰だったんだろうね」
「つばさくんがそんなことするようには思えないですし、あれから破られた本も見つかってないですからね」
「施設長の勘違いだったりして」
二人で笑っていると、事務室の扉が開き、噂の立花さんがなだれ込むように入ってきた。手には段ボール箱を持っており、大変そうだ。
「言ってくれれば手伝いに行きましたのに」
「いやいや、重い物を持たせるわけには……おっとっと」
私が駆け寄ると、立花さんは笑って、段ボールを床におき、「ありがとう」と言いながら、頭を下げた。私は何故か嬉しくなって、「いえいえ」と返した。
「この段ボールの中身、何なんですか?」
佐々木さんが、立花さんに問う。
段ボールは緑・茶色の小さな紙のようなもので埋め尽くされている。私も不思議に思い、立花さんの顔を見た。
「簡単に言うと、これは肥料になる紙なんだ」
立花さんは紙を一枚、取り出すと指先を使って、それをはためかせた。
立花さんは続ける。
「いわば、ここは草木や花々と一体化しているような施設だからね、なるべく自然に寄り添えるようなものを使いたいと思って、取り寄せたんだよ」
「そんなのあるんだ、知らなかった」
「僕も調べて、初めて知ったよ」
そんな話題で、施設長と佐々木さんが盛り上がっていると、突然、事務室に呼び鈴の音が響いた。佐々木さんは「私いきます」とすぐに椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
「珍しいですね、こんな時間に来客なんて」
時計の短針が幸運の数字にたどり着こうとしている。この施設が閉まるのが6時30分なので、この時間の来客は珍しかった。
時間を確認した直後、佐々木さんがやや狼狽した様子で戻ってきた。
そして私たちに早口でこう伝えた。
「つばさくんとお母さまがお見えになりました 本のことで謝罪したいと」
佐々木さんの手には今日、つばさ君が借りていったはずの植物図鑑が握られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます