楽しいおしゃべり 【Dalmatian bellflower 乙女桔梗】
あくる日。快晴の午後の日差しが窓から図書たちを照らしている。
本が日焼けするのを嫌って、私がカーテンに手をかけようとしたとき,彼は昨日のようにひょっこりと現れた。
私はゆっくりと光を調節しながら、彼に話しかけた。
「つばさくん、こんにちは」
「……こんにちは」
彼は不愛想ながらも、挨拶に答えた。私は何となく嬉しくなった。
「昨日の本なんだけど、読む?」
彼の目線の高さに合わせて、私は表紙を掲げた。その本は昨日、彼が置いていった子供用の植物図鑑だ。
「その本、よみたいです」
そう言うと彼は私の手から植物図鑑をもって走っていってしまった。
「走ると危ないよ」
彼は私の忠告に振り返ると、ほんのり笑顔のような表情を見せて、のんびりと歩みを進めた。そして、席に着き、図鑑を開いて、昨日と同じように夢中になった。
そんな彼をみて、私は親近感と陰鬱を同時に感じた。彼には本を破って持って帰るという嫌疑がかかっている。その行為はたとえ、まだ幼い彼の行動であったとしても許されはしないだろう。しかし、いまの私には彼がそんなことをしているようには見えず、また彼が破いたという確証もない。私の思考はただ終わりのない持久走を繰り返すだけだった。
そんな中で、私は彼が図鑑をみつめながら首をかしげているのを見かけた。
私はすかさず彼のもとに駆け寄る。
「どうしたの? 何かあった? 」
「これ、なんてお花ですか? 」
彼の指は、明日葉の写真を指していた。いつの間にか、図鑑が大人向けのものに変わっている。私は目線をあわせて答える。
「これは“あしたば”っていうの 葉っぱは食べられるのよ」
「“あしたば”? なんで“あしたば”っていうの? 」
「葉っぱを摘んじゃっても、また次の日には芽がでるから“あしたば”っていうのよ」
私の回答に満足したようで、彼は次のページにある紫の花を指さした。
「じゃあこれは?」
「“あじさい”だね」
「じゃあ……」
彼は図鑑をめくっていき、植物の写真を見つけては、好奇心を指先で訴えた。
私は彼のその姿勢に関心しながら問う。
「植物すきなの?」
「おばあちゃんが好きだから、僕も好き……です」
「そうなんだ! 私もね、木とか花とか大好きよ」
私が笑いかけると、彼もあどけない笑顔を見せてくれた。私も口角を上げて、再び彼に問う。
「この本、難しくない? 」
「ちょっとむずかしいかも」
「じゃあ、お姉ちゃんが教えてあげるね」
私がそう言い終わる頃には、彼の瞳にはもう図鑑が映し出されていた。私は彼を見守るようにして、ときおり質問に答えながら、落ちていく夕日で時間の流れを感じた。
ほったらかしになったカウンターにはいつの間にか佐々木さんが入ってくれていた。佐々木さんの優しい笑みに、私はぺこりと頭を下げた。
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