第四章 王女たちへの祝福

第三十三話 セレスタンとの会談

 お父さまはお言葉通りその場でセレスタン殿下に使者を送り、わたしとハーラルト、それにカトラインを交えた会談の約束を取りつけてくださった。


 翌日に開かれることになった会談に備え、休息するために自室に戻る。ハーラルトとは扉の前で別れることになった。

 ハーラルトは、はにかむように微笑する。


「じゃあ、明日また」


「ええ、明日はよろしくね」


 正式な婚約式は数か月後に行うとはいえ、せっかく婚約したのだから、もっと一緒にいたい。

 でも、まだわたしたちの本当の「戦い」は終わっていないのだ。ハーラルトと好きなだけ一緒にいるのは、みなで祝杯を上げてからでも遅くはないだろう。


 名残惜しそうな顔でこちらに背を向け、秘書官の詰所に歩いていくハーラルト。そのうしろ姿を、視界から消えるまで見送った。

 うしろに控えていたリシエラとともに寝室に入る。向かい合った彼女は嬉しそうな笑顔をみせた。


「お二人の婚約も内定したことですし、あとはセレスタン殿下をぶちのめせば、全て丸くおさまりますね」


 彼女は時折、物騒なことを言う。わたしはどう返せばいいのか困惑しながら応じた。


「……物理的には、ぶちのめさなくていいんじゃないかしら?」


 あら? 果たしてこの返しでよかったのか疑問が……。

 リシエラは「そうですね」と頷く。


「向こう十年はマレの土を踏めないようになるくらい、精神的にボコボコにして差し上げましょう。わたくしも是非、会談に同席させてください。リズさまがお言葉に詰まったら、わたくしが代わりに口撃いたします」


「……同席するのは構わないけれど、それは困るわ。外交上」


「自重いたします」


 リシエラが不穏な会話をしてくれたおかげで、なんだか悩むのが馬鹿馬鹿しくなってしまい、その夜は熟睡できた。


 翌朝。朝食を終えたわたしたちは会談に臨むことになった。お父さまと同席するのは、当事者のわたしとカトライン、それにハーラルトだ。

 お姉さまも王太女として同席したがっていたけれど、お父さまが「ディーケには会談が失敗した時に備えておいて欲しい」とおっしゃったことで、結局は折れた。


 不思議だったのは、カトラインが緊張した様子もみせず、瑠璃色の瞳を輝かせていたことだ。この子、そんなにヴィエネンシスに興味があったかしら?


 会談は正殿の「ランテアの間」で行われる。十一時の鐘が鳴ると同時に、二人の近衛騎士が両開きの扉を開けた。わたしとカトライン、ハーラルトはお父さまに付き従って「ランテアの間」に入っていく。

 わたしたちのお付きとして、最後にリシエラが入室した。


 中には既にセレスタン殿下が待っていた。一目で王子だと分かるくらい美貌の王太子は、席から立つと、わたしたちに向けて完璧な一礼をした。

 お父さまが頷いてみせる。


「待たせてしまったようだな、セレスタン殿下」


「いいえ、この日を待ち望んでおりました。会談の場を設けていただき、感謝しております。こうして、王女殿下方までご同席くださるとは」


 にっこり笑うセレスタン殿下を目にしたハーラルトが、露骨に嫌そうな顔をする。これは……嫉妬? お父さまに少し妬くことはあったにしても、普段、鷹揚おうような彼にしては珍しい。

 わたしとカトラインは順番に名乗り、セレスタン殿下に向け、カーテシーをする。ハーラルトも内心はともかく、表面上はとても優雅に挨拶をした。


 お父さまはセレスタン殿下に席を勧めたあと、最初に席に着き、次にセレスタン殿下が、その次にわたしとカトライン、最後にハーラルトが席に座った。

 セレスタン殿下の座る長椅子の向かいに、お父さまとわたしたち姉妹がかけ、その隣に置かれた一人がけの椅子にハーラルトが腰かける。

 セレスタン殿下はハーラルトに視線を向けた。


「ところで、メタウルス公爵令息にして子爵のハーラルト殿とおっしゃいましたね。あなたは王室とどのようなご関係が?」


 ハーラルトは、とびっきりのいい笑顔で答える。


「フェイエリズ殿下の婚約者でございます」


 セレスタン殿下は虚をつかれたような顔をした。


「……フェイエリズ殿下には恋人がいらっしゃるとはお聞きしておりましたが……いつご婚約なさったのですか?」


「なに、つい昨日のことだ」


 お父さまが事もなげに口を挟む。さすがお父さま。伊達に二十年近く王位に即いていないわ。

 なんとも言えない表情で押し黙るセレスタン殿下に、お父さまは笑顔で告げた。


「これで、今すぐあなたに嫁げる王女は、我が国にはいなくなった。別の方法でマレとヴィエネンシス、両国の友好の方法を模索しようではないか」


「と、おっしゃいますと?」


 慎重に問うセレスタン殿下に、お父さまは静かに提案した。


「たとえば、予なら、あなたを近いうちにヴィエネンシスの王位に即ける手助けができる。リュシアン陛下の在位は予よりも長いからな。そろそろ、ヴィエネンシスの国民も飽きが来た頃ではないか?」


「……つまり、わたしに王室内でクーデターを起こせと?」


「そうとも言える。セレスタン殿下、聡明なあなたなら、父王陛下のなさりように色々と物申したいことがおありなのではないか? 聞くところによると、リュシアン陛下は内外に敵を作りすぎたゆえに軍備を増強しすぎ、民には疲弊が見え始めているとか。逆に、この現状に何も思うところがないのであれば、あなたも大した方ではないな」


 わたしたちへの求婚という泣きどころを封じたお父さまは、老獪ろうかいと言えるくらいの口上でセレスタン殿下に揺さぶりをかけている。

 やられっぱなしだったセレスタン殿下は、頷くでも首を横に振るでもなく、真顔で口を開く。


「シュツェルツ陛下、あなたがかつて、マレの先王陛下になさったことを、わたしに望まれるのですか?」


 お父さまの表情が凍りついた。

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