第十六話 孤児院慰問(中編)
入り口からソルエ孤児院の中に入り、職員に案内されて狭い廊下を抜けると、広間に出た。広間といっても、こぢんまりしている。
そこには、数十人の子どもたちが椅子に座っていた。歳は二歳ぐらいから十五歳くらい。わたしが広間に入っていくと、子どもたちはざわざわし始める。
「わわ、本当にお姫さまだ……」
「一緒にいるのはお貴族さまなのかなあ」
「騎士さまかっこいい!」
「あの女の人、ズボンはいてる!」
……ハーラルトはれっきとした男性です。
孤児院の男性院長が彼らを優しくたしなめる。
「こら、みんな静かにしなさい。こちらはフェイエリズ王女殿下でいらっしゃいます。お付きの方も貴族や騎士さまだから、くれぐれも失礼のないようにね」
「はーい」
と子どもたち。元気があっていいわ。
わたしは院長に声をかける。
「子どもたちや職員のみなさまとお話ししてもよろしいですか?」
「はい、みなをご紹介いたします」
わたしはハーラルトとリシエラ、二人の従者に付き添われ、子どもたちに話しかけていった。
近衛騎士たちは広間の各所に立って、護衛の任務に就いている。その口元は、なんとなくほころんでいるような。きっと、この孤児院の雰囲気がよいからだろう。
多分、お父さまは事前によく調べた上で、ソルエ孤児院を最初の慰問先に選んでくださったのだと思う。中には、信じられないくらい劣悪な環境の孤児院もあるだろうから。
前だったらそんな風に思えなかった。だけど、今はそう考えるのが自然な気がするの。
ソルエ孤児院の子どもたちはみんな十人十色だけれど、共通しているのは悲壮感がないところだった。もし、わたしが同じ境遇だったら、あんなに屈託なく笑えるかしら。そう思うと、彼らに対する敬意がにじみ出てくる。
職員たちもみな、子どもたちに愛情を持って接していることが分かる。だからなのだろう。子どもたちの表情が明るく、笑顔が多いのは。
「王女さまー、恋人っていますか?」
「秘密よ。もしかしたら、あなたの近くにいるかもしれないわね」
「じゃあ、隣の綺麗なお姉……お兄さんが恋人?」
「ふふ、どうかしらね」
全員と話したわたしは、初めに紹介された場所に戻り、みなを見回す。
「実は、今日はみなさんにプレゼントがあります」
子どもたちから歓声が上がる。
「形のあるプレゼントはこちらです。遊び道具が入っているので、みなさんで仲良く遊んでくださいね。そちらは本です」
ハーラルトが持っていた袋の口を開けると、中から大小のボールや積み木、ぬいぐるみなんかが覗く。リシエラは数冊の本を従者から受け取り、子どもたちに向けて差し出した。
「早く遊びたい!」
と子どもたちは口々に言う。わたしはにっこり笑ってみせる。
「その前に、もうひとつプレゼントがあるの。みなさん、女神ソルエの神話は知っていますか?」
年長の子が手を挙げる。
「もちろんです。この孤児院の名前の由来ですから」
「その女神ソルエにまつわる神話の詩曲を、これからわたしがリュートで弾き語りします」
リシエラが袋に入っていたリュートを手渡してくれる。
子どもたちの視線がリュートに集中したので、わたしは職員が用意してくれた椅子に座る。
この日のためにしっかり調弦したリュートを爪弾く。
その場がシン……と静まる。
わたしは歌い始めた。大勢の前で弾き語りをするのは初めてではないけれど、やっぱり緊張するものね。でも、嫌な緊張じゃない。高揚を伴う、適度な張り詰め方だ。
天候の女神ソルエは太陽神リュロイの妃神で元々は人間の巫女だった。
リュロイは
傷が癒え、美しい青年の姿を現したリュロイとソルエはご多分に漏れず恋に落ちる。リュロイは人間嫌いだったけれど、獣の姿の自分を看護してくれたソルエの献身的な優しさに惹かれたのだ。
だけど、創造神と豊穣の女神から生まれた、リュロイをはじめとした三柱の神々は、性別を持たない末の時間神を想うあまり、結婚をせず子どもも持たないという誓いを立てていたから、ややこしいことになる。
法の神でもあるリュロイは親族にお詫び行脚をし、なんとか結婚を認めてもらった。その代償に、リュロイとソルエの子は神の姿も人の姿も持たずに生まれてくる、という予言を受けてしまう。
ソルエが身籠って三年後、その子どもは虹色に輝く蝶の姿をして生まれてきた。蝶は世界中をさまよった末、ついに母のもとに辿り着き、再びその胎に宿ってようやく人の姿をして生まれ直すことができた。
リュロイとソルエの子は再生神ウェラーシスとなり、ソルエは夫を補佐する天候の女神となった。
色々とツッコミどころはあるものの、ソルエが主人公のこの神話はハッピーエンドを迎えることもあって、わたしのお気に入りだ。
わたしとそう歳の変わらない子だけでなく、小さな子でも分かりやすいように詩にアレンジを加えたものが、今回披露している曲だ。
わたしが歌を終え、リュートを弾く手を止めると、少しの間、曲の余韻が残った。
曲が完全に消えた瞬間、わっと拍手が沸き起こる。
「王女さま、すごいすごい!」
「先生のお歌より、ずっと上手だった!」
あとで先生に怒られるわよ。
そう思いつつも、わたしは嬉しかった。
両親の恋物語に憧れるあまり、始めたリュートと歌が今まで会ったこともなかった子どもたちに喜んでもらえた。そのことが、わたしの心を震わせていた。
ふと、視線を感じ、隣を見る。自分が褒められたかのように誇らしそうな笑顔で、ハーラルトがこちらを見つめていた。
思わず口元が緩んでしまい、わたしは慌てて目を逸らした。
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