第十四話 ついに許可が出た
メタウルス子爵家との会食の翌日。今日はお父さまの四十三回目の誕生日だ。
マレにとっても祝日で、今日は昼から夜にかけて、お酒や食べ物が王室からステラエ市民に振る舞われる。
夜には東殿の食堂に王室メンバーが集まり、お父さまの誕生日パーティーを開く。ごく内輪のパーティーで、わたしたち姉妹は、みんなで選んだプレゼントをお父さまに渡すことになっている。
わたしは大広間で音楽教師の指導を受けながらリュートを弾いていた。今日の誕生日パーティーで演奏を披露する必要があるので、最終調整のため、本来ならお休みの先生に無理を言って出勤してもらったのだ。
「よい音色ですね。フェイエリズ殿下は本当に筋がよろしい。これなら国王陛下もお喜びになるでしょう」
先生に褒められ、わたしは照れながらお礼を言う。
「ありがとうございます。先生の教え方がよろしいからです」
「いえいえ、とんでもないことでございます。殿下はお小さい頃からリュートがお好きで、才能を発揮なさっていらっしゃいましたから。わたくしとしても教えがいがございます」
子供の頃から好きだった、両親の恋を歌った詩曲は、市井の吟遊詩人がリュートを演奏しながら歌うものだった。
わたしが実際の吟遊詩人の奏でる詩曲を聴いたのは幼い頃の一度きり。あとは、それを再現してくれた宮廷楽士の歌と演奏を聴くばかりだった。
それだけでは物足りなくて、自分で両親の恋の詩曲を弾くうちに、他の楽器はともかく、リュートだけはそれなりの腕になったと思う。歌の勉強にも力を入れているし。
あの吟遊詩人の詩曲、もう一度聴きたいな。同じ人に頼むのは無理でも、ハーラルトとのことが落ち着いたら、宮廷に吟遊詩人を呼んでみようかしら。
演奏が鳴りやんだ大広間に、扉を叩く音が響く。
入ってきたのはリシエラだった。彼女はわたしに耳打ちする。
「リズさま、国王陛下がお呼びでございます」
「え、今すぐに?」
「はい。二階の居間にいらしてください、とのことです」
今日は政務もお休みだから、お父さまは二階にいらっしゃるのだ。
それはともかく、なんだろう? もしかしなくても、ハーラルトとのお付き合いの可否についてかしら。だとしたら一大事だ。
わたしは先生に断りを入れ、リシエラとともに二階に向かった。
ノックのあと、居間の扉の前でリシエラとはいったん別れる。
中に入ると、お父さまとハーラルトが長椅子に向かい合って座っていた。二人とも無言でわたしを見る。こ、怖い。
「リズ、よく来たね。座りなさい」
お父さまに椅子を勧められ、ハーラルトの隣に座る。もちろん、人一人分くらいの間を空けて。
お父さまは静かにおっしゃった。
「既にハーラルトに伝えたことと重複してしまうが、聞いてくれ。わたしなりにこの三日間、君たちの交際と将来について考えた。君たちも気づいていると思うが、この交際を許可した場合、大きな問題がひとつだけある」
お父さまはハーラルトに視線を向ける。
「ハーラルト、君のご父君は余人をもって代えがたい、素晴らしい秘書長官だ。だが、君自身は新興子爵家の令息だ。王女の交際相手ならともかく、結婚相手としては見劣りがすることは否めない」
口の中がカラカラにかわいていた。
お父さまに一番痛いところをつかれてしまった。
まず、交際をお父さまに認めていただいて、その上でハーラルトと身分のことは話し合っていければいいと思っていたのだけれど、それでは遅すぎたのだ。
ハーラルトも同じ気持ちだったに違いない。彼はやや掠れた声で、お父さまに尋ねる。
「……それは、わたしたちの交際にご反対ということでございますか?」
お父さまはむっつりとした顔で答える。
「人の話は最後まで聞くように。ハーラルト、君は資料編纂室を異動して、新設される『第二王女付き秘書官』になりなさい」
第二王女付き秘書官……って、わたしの!? そんな話、聞いていないわ。
戸惑うわたしの表情に応えるように、お父さまが説明する。
「リズは去年、社交界デビューを果たしたばかりで、本格的な公務はまだ早いと思い、秘書官を置かなかった。だが、もう十六になったことだし、ディーケのように公務や政務に積極的に取り組んでもいいくらいだ」
確かに、今までわたしの秘書役はリシエラが務めてくれていたのよね。
わたしの秘書官にハーラルトがなるってことは……。
お父さまはまっすぐにハーラルトを見つめた。
「秘書官として実績を積み、貴族たちにも自分がリズにふさわしいと認めさせるんだ。いいね?」
ハーラルトは真剣な表情で頷く。
「はい……!」
これはつまり、結婚を前提とした交際も認めていただけるということ?
お父さまとハーラルトの様子を見る限り、訊くだけ野暮ということよね。
でも、わたしにはひとつだけ気になることがあった。
「あの、お父さま」
「なんだい?」
「今までに王女が子爵令息と結婚した例はあるのでしょうか?」
「マレには側妾制度があった関係で、基本的に王室の者と身分の低い臣下の結婚を反対する法律はないんだ。側妾は王妃と違って、実家の格式が求められなかったからね。たとえ貴族ではない騎士や盾持ちの娘でも、側妾にはなれた。そんなわけで、王女の降嫁先もそれほどうるさくは言われなかったらしい」
お父さまはいったん言葉を切った。
「念のため、アウリールとラリサ伯に調べてもらったところ、過去に王女と男爵が結婚するということがあって、結婚の際にその男爵を新たに侯爵に叙爵したんだそうだよ。だから、まあ、わたしたちと君たちの努力でなんとでもなる」
先例があった……!
それなら安心してもいいのかしら。
少し気が抜けたわたしは、ぽつりと呟いた。
「お父さまは、わたしたちの交際にご反対なのかと思っておりました」
お父さまは久しぶりに、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「わたしからの逆プレゼントだ。まあ、秘密結婚でもされるよりは、公認してしまったほうがよほどいい」
秘密結婚……! 戯曲なんかで描かれることもある、王族や貴族、果ては庶民の身分差のある男女が周囲には秘密裏に結婚するという、あの!
まあ、実際に秘密結婚をする王侯貴族もいるからシャレにならないのよね。ある日突然公表されたら、みんなびっくりしてしまうわ。
ハーラルトがポン、と拳で掌を叩いた。
「なるほど! その手がございましたか!」
お父さまは強張った表情のまま笑う。絶対無理をしている。
「……ハーラルト、君、顔だけじゃなく性格までアウリールに似てきたね」
しばらくハーラルトと不自然な笑顔で見つめ合っていたお父さまが、こちらに視線を向ける。
「リズ、縁談を断るためのヴィエネンシス国王への親書は、今現在、草稿を作成しているところだ。一応、知らせておくよ」
お父さまはとても真摯で、優しいお顔をしていた。
心の内の何かが、そっと手を当てられたように温かくなる。
お父さまがわたしのことを考えてくださったという事実に、今更ながらハッとしてしまう。
お父さまはわたしを嫌いなわけじゃないの……?
「国王陛下、此度は心より御礼申し上げます」
ハーラルトが立ち上がり、一礼した。わたしも慌てて立ち上がり、彼に倣う。
「お父さま、本当にありがとうございました」
「うん、二人とも、節度を守って仲良くするように」
締めくくりの台詞を言う時、お父さまは真顔だった。
居間を出たわたしとハーラルトは顔を見合わせた。ハーラルトがほほえむ。
「ひとまず安心だね」
「ええ、許可が出てよかったわ」
「それだけじゃない。秘書官になれば、君と一緒にいられる時間が増える」
耳元で、しかも、ちょっと甘い口調で囁かれたものだから、わたしの心臓はドキリと跳ねた。
ハーラルトって、真面目で可愛らしくて、どちらかというと器用ではないほうだと思っていたけれど、こういう乙女心を鷲掴みにしてくる面もあるのよね。晴れて恋人同士になれたせいもあるのかしら。
「そ、そうね」
「これからよろしく」
「よろしく……」
ハーラルトが差し出した手を、わたしは初めて恋人ができた少女のようにおずおずと、両手で包むように握り返したのだった。
それは、子どもの時以来、もしかしたら十年近く久しぶりに触れた、彼の手だった。
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