第十三話 子爵家との会食
お父さまにハーラルトとの交際を許可して欲しい、と直談判にいった翌日。
わたしは家族と朝食を摂っていた。みなの食事が終わりに近づいた頃、お父さまが出し抜けにおっしゃった。
「今日の昼食はメタウルス子爵家との会食を予定している。内輪の食事会のようなものだが、それぞれ準備をしておいてくれ」
びっくりするわたしを代弁するように、お姉さまが発言する。
「まあ、突然ね、お父さま」
「みんなには悪いが、ついさっき決まったことでね。朝食前にアウリールから手紙が届いた」
……この会食って、確実にわたしとハーラルトとのお付き合いに関係しているわよね。
ハーラルトは家族会議でおじさまを味方に引き込めたのかしら。多分、その可能性が高いわ。だからこその急な会食なのだろう。
さすがおじさま、お仕事が早い。
もちろんハーラルトも来るだろうから、おしゃれしなきゃ。
わたしはリシエラに相談して、ドレスアップしてもらった。
お父さまは内輪の食事会とおっしゃっていたから、夜会に参加する時のようにきらびやかにはせず、あまりデコルテの開いていない清楚なイメージに仕上げる。
ハーラルトから誕生日プレゼントにもらった髪飾りを使い、髪はハーフアップに。首元には一粒真珠のネックレス。
姿見に映してみると、ラヴェンダー色をベースにした寒色のローブはわたしによく似合っていた。
「ハーラルトは綺麗だと思ってくれるかしら」
わたしが呟くように言うと、リシエラはニヒルな目をして応じた。
「……ハーラルトさまは、リズさまが何をお召しになってもお喜びになると存じますよ」
どういうことだろう……?
心のなかで首を傾げながらも、用意を終えたわたしはリシエラに付き添われ、二階の食堂に向かう。家族用の食堂ではなく、賓客を招いた際に使う部屋だ。
緋色の絨毯が敷き詰められた大きな部屋に入る。中央には二十人が座れる長いテーブル。複数の大窓から入る自然光が豪奢な食堂を照らし出している。
姉夫婦とカトラインは既に席に着いていた。リシエラと別れ、わたしも着席する。しばらくして、両親が現れた。お二人ともどちらかというとかっちりした服装だ。
今回の会食の主夫人であるお母さまが暖炉の前の席に座り、主人であるお父さまがその向かいに座る。
「今日の会食の目的は、リズとハーラルト君がお付き合いできるよう、お父さまを説得することよ」
お母さまのお言葉にお父さまが咳き込む。
大きな声を上げたのはカトラインだ。
「え! リズお姉さま、ハーラルトお兄さまとお付き合いなさるのですか?」
「まあ、そうなの。前から、わたしはリズにはハーラルト殿がぴったりだと思っていたわ」
と、お姉さま。
やっぱり、ベルノルトと別れた時にお姉さまがおっしゃっていた、「わたしを大切にしてくれそうな、案外近くにいる人」って、ハーラルトのことだったんだなあ。
お姉さまって、意外にわたしのことを見てくださっていたのね。なんだか嬉しい。
お父さまは珍しく、終始無言だった。
やがて、会食の時間が訪れた。メタウルス子爵家の方々が食堂にいらっしゃる。ご両親のうしろからハーラルトが現れ、わたしと目を合わせると笑ってくれた。その唇が「綺麗だ」と動く。
いけない。照れてしまうわ。
子爵家のみなさまがお座りになったあと、一同、食前酒やジュースで乾杯する。
両親は子爵夫妻と、最近の宮廷の労働環境についてお話しし始めた。
わたしとハーラルトの席は、奇しくも隣同士だ。お互いの家族の前で話すのが少し恥ずかしかったけれど、意を決してこちらから話しかける。
「あなたと食事をするの、久しぶりね」
ハーラルトは驚いたような顔をしたあとでほほえんだ。
「そうだね。去年の『
「あの時は、席が離れすぎていたじゃない。こうして、ハーラルトと隣の席になれて……嬉しい」
その瞬間、ハーラルトが赤面し、テーブルに突っ伏しそうになった。
「ずいぶんと、仲がよさそうだね」
お父さまだった。一見ニコニコしているようでいて、目は少しも笑っていない。というか、むしろ眼光が鋭くて怖い。
「ハーラルトは、リズのどんなところに魅力を感じているのかな?」
「はい、国王陛下、一口にそうおっしゃいましても、リズさまのよいところは軽く百以上挙げられますので、こちらといたしましても──」
ゴホンとアウリールおじさまが咳払いをする。ハーラルトは我に返ったようだ。
「……失礼いたしました。謙虚で可愛らしいところでございます」
無難にまとめたわね。百以上あるというわたしの美点も聞いてみたかった気がするけれど。自己肯定感がものすごく上がりそう。
お父さまは「ほう」と頷く。
「なかなかよく分かっているじゃないか。ところで、ハーラルト、今は資料編纂室に勤めているようだが、異動する気はあるかい?」
「リズさまとの結婚に必要であれば」
直前にお酒を召し上がっていたお父さまは盛大にむせた。
「……いや、それは気が早いんじゃないか?」
復活したお父さまは口元をひくつかせなからハーラルトをご覧になる。
ハーラルトは迷いのない顔だ。
「王女殿下とお付き合いするのですから、結婚を視野に入れるべきだと存じます。先日、二人で結婚に関する話もいたしました」
「え……本当、なのかい……?」
お父さまが探るような目でこちらを見る。
「……はい。わたしから結婚を前提としたお付き合いがしたいと申し上げました」
わたしがはにかんで答えると、お父さまは石化したように固まり、料理が運ばれてくるまで動かなくなった。
みなが料理を楽しみ始めた頃、ハーラルトの妹君のコルデーリアさまが、わたしに笑いかけてきた。
「リズさまが兄の熱すぎる気持ちにお引きにならなくて、わたくし、安心しましたのよ。兄は昔からリズさまのことが大好きでしたから。わたくしが『将来、お兄さまのお嫁さんになる!』と言っても、『僕はリズと結婚するから無理』と申しておりましたの」
「コルデーリア、恥ずかしいからやめてくれ……」
会食で過去を暴露されたハーラルトはうなだれている。
わたしは苦笑しつつも、子爵家の兄妹をほほえましい気持ちで眺めた。
それにしても、前にどこかで同じような会話を耳にしたような……?
ダメだ。どうしても思い出せない。
ところで、コルデーリアさまもハーラルトの気持ちを知っていたのね。
ああ、どんどんわたしの鈍さが明らかになっていく……。
「ふふっ、リズは愛されているわねえ」
嬉しそうにお母さまがころころと笑う。
そう、ハーラルトはわたしのことを本当に小さい頃から大切に想ってくれていた。記憶の中の彼は、いつも優しくわたしに笑いかけてくれる。今日だってそうだ。
これからもっとお互いのことを知っていって、身分のことも解決して、ゆくゆくは結婚……できるのかな?
な、なんだか耳が熱くなってくるわ。
その前に、お父さまを説得しなければいけないのだけれど。
お父さまはなんとなくぼんやりしたお顔で、アクアパッツァを召し上がっている。
……何を考えていらっしゃるのか全く分からない。
どうして、お父さまはすぐにわたしたちの交際をお認めにならないのかしら。やっぱり、ハーラルトの身分では王女の結婚相手にはふさわしくないと思っていらっしゃるの?
それとも、リシエラが言っていたように、本当にわたしのことをご心配くださっているの……?
心もとない気持ちでいると、ふと視線を感じる。ハーラルトだ。
「大丈夫。必ず交際をお認めいただけるよ」
彼が少し顔を寄せ、そう囁いた。いつもより低いその声に、思わずドキリとする。ちょっと顔が赤くなってしまったかもしれない。
ハーラルトはそんなわたしを見て、微笑した。
たったそれだけのことで、わたしは妙に勇気づけられてしまい、子爵家の方々と積極的に交流できたのだった。
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