第五話 告白の返事

 いったんそうと決めたら、わたしの行動は早い。控えの間で待っていたリシエラに大急ぎで声をかける。


「リシエラ、正殿まで一緒についてきてちょうだい。ハーラルトに返事をしにいくの」


「ついにハーラルトさまも撃沈でございますか」


 これって、否定したら彼と付き合うつもりだ、と言うのと同じよね……それは、ちょっと恥ずかしいかも。


「さ、さあ、どうかしらね」


 わたしの反応を見たリシエラは、「ふむ。脈ありというわけですか」と呟いている。根掘り葉掘り聞いてこないのが彼女のいいところだ。

 二階の渡り廊下を進み、ハーラルトが勤務しているだろう正殿の資料編纂室を目指す。


 そこでわたしは、はたと気づいて立ち止まる。

 ……資料編纂室って、正殿のどこにあるんだろう?


 そもそも正殿とは政庁なので、たまに公務をする程度のわたしとはそれほど縁がある場所ではない。

 誰か捕まえて聞けばいいか、と思い直していると、リシエラが「ご案内いたします」と宣言し、すいすい前を歩いていく。


「リシエラ、資料編纂室の場所を知っているの?」


「はい、正殿はわたくしの庭のようなものです。幼い頃は父にくっついて、よく訪れていましたから」


 知らなかった。リシエラってお父さまっ子だったのね。

 昔から、リシエラの実家であるラリサ伯爵家とは付き合いがあったけれど、ハーラルトのメタウルス子爵家ほど密接な関係ではなかったのよね。リシエラとも、彼女がわたし付きの女官になってから仲良くなったし。

 たとえるなら、遠い親戚と近い親戚の付き合い方の違い、みたいなものかしら。

 先を進んでいたリシエラは、ある一室の前で足を止める。


「こちらが資料編纂室でございます」


「待って!」


 扉をノックしようとするリシエラに慌てて待ったをかける。まだ、心の準備ができていない。

 わたしは深呼吸をしたあとで、リシエラに指示を出す。


「ハーラルトを呼んでちょうだい」


「かしこまりました」


 リシエラは扉をノックすると、部屋に入っていった。

 わたしが直接入室してきたら、資料編纂室のみなをびっくりさせちゃうわよね。

 ……とは思いつつ、わたしも相当緊張しているみたい。こういう時って、何度経験しても慣れないなあ。


 部屋の前で待っていると、しばらくしてから扉が開き、リシエラが現れた。うしろにはハーラルトの姿がある。

 彼はわたしを見ると、明らかに顔を強張らせた。

 もしかして、断られると思っている?

 誤解を解かないと。

 わたしが口を開きかけると、リシエラがわたしとハーラルトを交互に見る。


「お二人とも、応接室でお話しになってはいかがです?」


 わたしはハーラルトと顔を見合わせた。


「そ、そうね」


「わたしも構いません」


 お仕事モードのハーラルトは、近くにある臣下用の応接室までわたしたちを案内してくれた。

 リシエラがにこりと笑う。


「それでは、わたくしは別室にて待っておりますので、お二人はどうぞごゆっくり」


 わたしたちはぎこちなく頷く。ハーラルトが扉を開けてくれたので、応接室に入る。応接室は十分な広さがあり、いかにも政庁らしく、派手すぎず質素すぎない内装だ。わたしが席に着くのを待って、ハーラルトも向かいに座る。


「……話って、昨日の返事だよね?」


 どうやら、リシエラは詳しいことは告げなかったらしい。まあ、当たり前よね。他の人たちの目があるのだから。


「ええ、そうなの。わたしは──」


「分かってる。俺みたいな『変わってるね』って、大抵の人に言われるような男に魅力がないことくらい」


 ん?


「しかも、俺は子爵の息子だし……古くからの名家の人間や公爵令息なんかのほうが君には釣り合うことも分かってる」


 んん!? やっぱり誤解しているわ!


「あの、ハーラルト」


「君は優しいから、幼なじみに酷なことはしたくないと思ってるよね。その気持ちだけで俺は充分だよ。昨日のことは忘れて──」


「ちょっと待って!」


 今度はハーラルトがきょとんとする番だった。わたしは彼がしゃべろうとする前に話し始める。


「確かに、幼なじみのあなたから急に告白されて、最初は戸惑ったわ。しかも、あなたの気持ちに気づいていなかったのは、どうやらわたしだけだったみたいだし」


「え!? 君以外みんな気づいてたのか!?」


 それを聞いて、わたしはなんだかおかしくなった。わたしたち、変に鈍いところがよく似ている。


「結論から言うわね。わたしも、あなたとお付き合いしたいと思っているわ」


 わたしの要望を聞いたハーラルトは、大きく目を見開き呆然としていた。

 ややあって、ようやく形のいい唇から言葉を紡ぎ出す。


「──夢……?」


 彼はそんなにまでわたしとの交際を望んでくれていたのだ。わたしはくすりと笑う。


「夢じゃないわ。実はね、昔のことを思い出したの。わたしの初恋は、ハーラルト、あなただった。ほら、これ、あなたからもらった指輪」


 わたしが拳を開いて指輪を見せると、ハーラルトはまた目を見張り、それから懐かしそうな笑みを浮かべた。


「まだ持っていてくれたのか。それでずっと握り拳を作っていたんだね」


「ええ、母に言われるまで、忘れていたのだけれど……ごめんなさい」


「いいんだ、君はまだ小さかったし。君が思い出してくれたことが、すごく嬉しいよ」


 そんな風に言ってもらえると、なんだか照れてしまう。わたしは少し小さな声で彼に尋ねる。


「……ねえ、あの時の約束って、まだ有効?」


 指輪を渡した時に結婚の約束をしたことを思い出したのだろう。ハーラルトの白い顔が赤く染まる。


「──それって、結婚を前提に、ってこと?」


「え、ええ。交際するなら、真剣にお付き合いしたいの」


 ハーラルトは、はっきりと言った。


「もちろん」


 こんなにまっすぐ結婚の意思を明確にしてくれた人は今までいなかった。わたしは恥ずかしくなってしまい、思わずうつむく。


「ハーラルトは、わたしなんかのどこを好きになってくれたの……?」


「それはちょっと数え切れないんだけど、あえて言うなら優しくて可愛いところかな」


 彼がやけに自信満々にそう口にするものだから、わたしはますますいたたまれない気分になってしまった。ひっくり返りそうな声が喉から出る。


「あ、あなたと同じほどには、わたしはあなたのことを好きではないかもしれないけれど」


「なら、もっと君に好きになってもらえるよう頑張るよ」


 優しい声音。わたしが恐る恐る顔をあげると、ハーラルトが咲き誇る薔薇のようにほほえんでいた。

 その時の彼の笑顔は吸い寄せられてしまいそうになるくらいすてきで、わたしは赤面したのだった。

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