路地裏の転生者
我孫子営業所
路地裏の転生者
うおーーーーんーーーーおんおんーーー
その昔、世界は魔王の手によって恐怖と混乱に包まれていた。
やがて、勇者により魔王が討伐され、世界には愛と平和とパンケーキがもたらされたのだが、そんな魔王討伐前後の混乱した世界の中で、どさくさに紛れて一人のおっさんがしれっと王を名乗り国を立ち上げることになる。
このガノス王には特に秀でた才覚も度量もなかったが、穏やかな海に面した好立地を利用した中継ぎ貿易により民と文化が流入し、国は勝手に栄えていった。
うおーーーーんーーーーおんおんーーー
魔王や勇者など歴史の教科書に掲載される知識の一つに過ぎないほど時間が流れた今では、ゴブリン、スライム、コカトリスといったモンスターも人間も、お互いに多様性を認め合い共生社会を築いている。
安定した世界の中、世襲制で統治権を引き継いだガノス16世は「なんか知らんが上手くいってるなあ」と、海沿いの石油化学プラントから漂うネバついた臭気に満ちた街、王都マルガノスを見下ろしながら、自分がいかにこの国の発展に尽力し成功を収めるに至ったかをでっちあげるべく、今日も自伝書の執筆に勤しんでいる。
うおーーーーんーーーーおんおんーーー
ガノス王の城から少し離れた大通り沿いに面した酒場の店内は、今日も町の住人や旅の商人、冒険者、そしてそいつらに取り入って一杯奢って貰おうというあばずれで賑わっていた。
やれ、最近のカツゲンの価格高騰に関して行政介入があって然るべき、だの
やれ、西の森にゴブリンが住みついたせいで、夜になると陸風に乗って獣臭が漂ってくる、だの
やれ、冒険者ギルドに最近入った女魔導士の服装が煽情的でけしからん、だの
酒に酔っぱらった者たちのたわいもない会話を、店主が吸血鬼のような青っちろい顔にニタニタした笑いをはり付けて聞いている。
うおーーーーんーーーーおんおんーーー
そんな店内の喧騒を壁一枚挟んだ外で聞きながら、酒場の外壁の下、路地裏の角で今日ものんびり仕事をしている俺。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
夏は照り付ける太陽を 60cm×80cm×30cmのアイボリー色の直方体ボディで跳ね返し、室内の空調から送られてきた暖かい空気を、外気に当てて冷やして返す。
冬はその逆、外気から熱を吸収して室内に暖かい空気を送り込む。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
俺はいわゆる 室外機 というやつだ。
日がな一日、こうして稼働しては店内の酔っ払いどもに快適な飲食環境を提供している。
「仕事か?」と問われれば、返答に困ってしまう。
なにせ壁から伸びたパイプに繋がれ、足元はボルトでコンクリートの土台に執拗に固定されてしまって自力での移動は一切出来ない。これしかやることが無いからやっているだけだ。
生き様といえば生き様なのかもしれないが「これが僕の仕事です」と言っても尊敬されることは無い。そもそも言う相手すらいない。
一生懸命に排熱をしたからといって空調の熱効率がちょっと良くなる程度で、誰かが俺の頑張りに気づいて評価するなんてことは無い。
むしろ、下手にやる気を出そうもんなら、「うるせえ、壊れてるんか」なんて言われて横っ腹のあたりをガンガン蹴られる始末だ。
阿呆らしいので、じめついた路地裏から大通りを眺めつつ店内の話を聞きながら、今日ものんびりと排熱を繰り返している。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
この世界に室外機として転生してきてそろそろ2年。
もといた世界ではYouTubeで配信活動をしてみたりして、そこそこ人気を集めていた俺だったが、ある晩、配信前の腹ごしらえにコンビニ弁当をかっ食らっていると、急に部屋の電気が消え、周りの空気が急に冷えた気がした。
俺もいい年をした大人だ。幽霊などという非科学的な現象を認めるわけにはいかない。冷静に、かつ威厳を持って、しかるべき対処をしなければ。
「何ナニ!?…おばけ!?ちょっとぉ…勘弁してよぉ…怖いよお……」
絞り出すような声でぼそぼそつぶやきながら、床にはいつくばる。見えてはいけないものが見えてしまわないように目をきつく閉じて、机の上にあるはずのライターに向かって手探りで床をはいずる。
「すいません、すいません…ほんとに…怖いよう…」
机に手が触れようとしたその瞬間、ふわりと温かいものに包まれた感覚がして全てが真っ白になった。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
気が付いたらこの世界で室外機となっていた。
何回思い返してもがワケが分からない。霊体だからもともと世界との結びつきが弱かった、という事なのだろうか。
確かに、異世界に転生したいと何度か願ったことはあったが、さすがに室外機としての転生は考慮していなかった。
最初は己の不遇を嘆いたり、世界の不条理を呪ったりしたが、ひと月ほどすると「まあしゃーねえか」と潔く諦めるに至った。
今では酔っ払いが俺の近くでゲロを吐いていっても、猫が俺の上で昼寝しても「それもまたよし。」と思える程度には室外機としての度量がついてきた。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
排熱と吸熱以外することが無い日々はとにかく時間の流れが早い。
セミすらも殺す暑さの夏。漂ってくる金木犀の香りに鼻腔が疼く秋。北風にあおられて雪が右肩にへばりつく冬。季節は瞬く間に過ぎ去り、また春が来た。
春風にのって漂う土の匂いの中、俺は自分のいる路地裏の一角を見やった。
そこにあるのは、春の陽気にあてられてやせ細った、かつては一体の雪だるまだったモノ。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
二週間ほど前の今年最後の雪が降った日、近所の子供たちがここで雪だるまをこさえていった。
大通りだと通行の邪魔になると大人たちに叱られ、この狭い路地裏に逃げ込んできた子供たちは、路地裏中の雪を集めはじめた。
俺も子供達の無邪気さに感化され、冬の間にすっかりなまってしまった身体をよいしょと稼働させて子供達へのエールとばかりに吸熱した。
ぷしゅーーーーー!うおーーーーーんんんんんんーーーーー!
数時間後、路地の隅には自販機ほどの堂々とした雪だるまが誕生していた。
しばらくの間は、この雪だるまのせいで大通りからの光がさえぎられてしまって、ただでさえ陰気な路地裏がますます薄暗くなることに少しばかりの憤りを感じた。
しかし、お互いに自力では身動き一つ出来ない身、コイツに文句を言ってもしゃあない。と諦め、受け入れることにした。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
そして今、こうして気温の上昇とともに日に日に溶けてやせ細っていく彼を見ているうちに、憐憫の情が沸いてきた。
大通りを行き交う人々が路地裏にひっそり佇む彼に意識を傾けることは全く無い。
仮に気づいたとしても、彼のことを雪だるまだと認識することは無いだろう。それぐらいに面影のなくなったシルエット。路地裏でホコリと排ガスにまみれて黒ずんでいく、かつては純白だった身体。
もとの世界では雪国に住んでいた俺だが、そういえば雪だるまの最後を看取ったことは無かったな。俺もここの人々と同じように、溶けて消えゆく彼らに気づかないまま何度も横を通りすぎてきたのだろう。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
急に熱い想いがこみ上げてきた。
彼の最後を見届けなければならない。
それは、彼とともにこの路地裏に据え付けられた俺にしか出来ない事だ。
室外機としてこの世界に転生して初めての使命感に、直方体のボディが熱を帯びる。
任せろ、最後まで俺が見守ってやる。
最後の一塊が溶けるまで。最後の一滴が蒸発して地面が乾くまで。
前の世界では長時間のゲーム実況配信で名を馳せてきたこの俺だ。
最後まで実況してやる。
お前が溶けるのが先か、俺が疲れて喋れなくなるのが先か。
そうして、壁越しに聞こえてくる酒場の喧騒に負けない実況が始まった。
うおーーーーんーーーー!おんおんーーーー!
水滴が落ちるたび「垂れてる垂れてる!耐えろ!」と叫ぶ
うおーーーーんーーーー!おんおんーーーー!
猫が彼に近寄ると「ちょ!お前、あっちいけ!」と叫ぶ
うおーーーーんーーーー!おんおんーーーー!
雨が降ると「おいおい!勘弁してくれよ!」と天に抗議する
・
・
・
4日目の太陽が傾き始める頃、俺の実況は終わった。
視聴者もコメントも無い、二人だけの実況。
もはや彼がそこにいた痕跡は何一つ無い。
あそこも2、3日後にはペンペン草が生えてくるだろう。
ばいばい。また冬に逢えたらいいね。
ぺちゃ。鳩が俺の上に糞を落としていきやがった。
うおーーーーんーーーーおんおんーーーー
路地裏の転生者 我孫子営業所 @MeMeKuRaGe_Ka
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