第8話 神楽 4

「……心配しないでミレイユ……少し……休めば……大丈夫よ。」


「……分かりましたカトリーナ様。…………総員!直ちに休憩場所の整備に取り掛かれ!」


「大変です隊長!……何か強大な魔力の塊が飛んできます!」


「なんだと?総員!……守りの陣形へ!……後衛の魔術師は奥様の馬車の結界を確認しろ!」


 その直後、突然目の前にまばゆ金色こんじきの光が現れた。所々に朱色が煌めく様が美しくも神々しい。


 光はやがて人型に変化して行き、麗しい長い黒髪の女性が現れた。開かれたその瞳は、先程の光と同じ朱色がちりばめられた金色だった。


 この場の誰もが動けなかった。自分達が、いや人間如きがどうあがいてもどうする事も出来ない高位の存在だと本能的に感じたからだった。

 

「……ツクヨミ……様?」


 とツクヨミ神殿で巫女みこと呼ばれる上級女性神官がつぶやいた。紅い色のという巫女独特のスカートの様な物に真っ白な衣を幾重に纏っている姿は確かに、呟いた神官の服装に似ている。しかも所々に金糸や色とりどりの糸を使った艶やかな刺繡が施され、腰には豪奢な意匠の剣を下げているのが遙かに上位なのを示している。


 やはり神の一柱なのか?だとすれば何をしに来た。この場の緊張が高まった。


「……ああ!……主様!」


 女性がゆっくりとカトリーナの乗る馬車に歩き出したが誰も止められない。いや止める気が起こらなかった。慈愛に満ちた優しげな朱を鏤めた金色の瞳。恋焦がれた誰かに漸く会えたと喜ぶ様な美しい表情を見せられては、この女性が決して悪い存在では無いと思えたからだ。それどころか病に苦しむ奥様を救いに来た神か、その使いなのではないかとの期待すら生まれていた。


「お待ちください!……失礼ですが決まり事なので、どうかお腰の剣を預からせて下さい。」


 それでも隊長のミレイユだけは主人の最低限の安全は守ろうと必死に声を掛けた。


「剣?……ああ……これは太刀たちというものだが……確かに物騒だな」


 女性がそう言いながら愛おしそうに太刀を撫でると、それが光の粒になって霧散して消えた。


「……あ!……馬車には結界が……急ぎ結界を解け!」


 目の前で消えた太刀に驚く暇もなく、女性の進路を阻んで怒らせては危ないと気づいたミレイユが慌てて指示を出した。だが間の悪い事に、魔術師達は全員が腰を抜かしてたり、気を失ってたりで結界の魔道具を解除出来そうにない。


「……え?……まずい!……どうか!少しお待ちを!………………へ?」


 絶体絶命の窮地に追い込まれたミレイユを尻目に女性は、するりと何も無いかの様に結界をすり抜け馬車の中に入って行ってしまった。


 窮地を逃れたミレイユは、ほっとしたが……。


「……あ~~~!!…………私は入れないじゃないか!!」

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