第5話 神楽 1

 まだ若い頃に都へ使いを任された。用を済ました後に招かれたうたげの席で、ある身分の高い公家に泣きつかれた。


 東の何某なにがしという武士に牛車の警護を頼んだ事があるのだが、仕事を終えた途端に最初に約束していた賃金の数倍を吹っ掛けられたと。公家は当然そんなに払う謂れが無いと突っぱね、評定所に訴えてその場は何とかなった。

 だがその後に都中に噂が流れた。公家は警護の賃金も払えない程貧乏だの何やらとついでに身に覚えもない尾びれ背びれ迄も付いて。たちの悪い事に何某は行く先行く先で噂を広げ。挙句には呼ばれても居ない数々の宴にまでも乱入し、嘘の公家の所業を吹聴して廻っていたと。


 悔しいので兵を差し向けて討ち取ってやりたいが、何某は遠い東へ逃げ帰ってしまったのでどうにもならないと。だから東でも武勇に名高い俺を見込んでこそ恥を忍んでお願いすると。何某の首を取ってくれと頼まれた。だが俺はその公家に仕えて居る訳では無いし、血筋の縁も無かったので「」と適当に答えておいた。


 それからしばらく飲んでいると、先程の公家が他の武士に俺の名前以外はほぼ一句たがわず同じ話をしているのが聞こえた。そのとき丁度酌に来た雑子ぞうしが、またあのお方かと。東から来た武士を見掛けると捕まえて同じ話をしているのだと。だから口上も本職以上でやしたでしょうと笑っていた。……取るに足らない宴の席での出来事だった。



 それから数年後。東国武士の総大将が主催する花見の宴の席にくだん何某なにがしが居た。公家から聞いていたのと違い何とも優し気でお人好しな風体で、所作しょさにも武芸を身に着けた感じがなかったので心配に思ってしまった。だから「の公家が俺を含めて多くの者に貴殿の討伐を頼んでいたので気をつけろ」と……


「あんたは利口だな!あの公家おじゃるの言いなりに俺と戦ったら、あんたは一合も無しに首だけになるぞ?俺に勝てる者はどこにもいない!命拾いしたな!!」


 呆れてものが言えなかった。只の小者の大口だと聞き流したかったが、どうやらそうはいかない様だった。


「これは面白い!先の戦役でも一番の武功をあげた東国一の名門武家〇〇の嫡男〇〇殿に勝る腕前があるだと?……これは見逃せない!……皆々方!……急ぎ決闘の場を整えようぞ!」


 荒くれ者が多い東国で開かれるこの手の宴では、いさかいによる決闘がむしろ余興として大歓迎されていた。だから余程の覚悟が無い限り人を馬鹿にする暴言を吐く者はいない。どうやら何某はそれを知らなかったらしい。まさかその場で果たし合う事になるとは夢にも思っていなかった何某は、あれよあれよという間に宴席が取り囲む広く空けられた中庭に呆けた顔で引き立てられた。


 先程の言葉を取り消せば何某は、ようやくこの宴に参加できる程迄に築いた地位を全て失う事になる。名家の一族全体の面子が掛かっている俺にとっては降りるのは論外。ましてや先程の言動からどうやら何某はの公家の言ってた通りの如何わしい性分の人物であるらしい。だとすれば、この場から生かして帰してしまったら後の災いの種になりそうだった。こうして俺が忠告したのが切っ掛けで果し合いが行われてしまった。


 見掛け通りに何某は武芸が拙く、屁っぴり腰で逃げ廻り見るに耐えなかった。そうしているうちに隅に追い込んでしまった。俺はせめて苦しまないようにと一刀のもとに決着させた。……確かに何某の言った通りに逆の意味で一合も要らなかった。


 あの男が愚かだったのだろうが、余計な心配をして、余計な忠告をしたせいで、その男を殺さなければならなくなった。……親切とは?善良な心とは何か?……今考えても答えは分からない。……ああ……嫌な事を思い出したな。



 件の公家は思いも寄らず律儀な人物だったらしく、のちにこの一件を聞き及ぶと態々都から遠い東に住む俺に宛てて「麻呂との約束をよくぞ果たしてくれた……」との長々とした礼状と共に沢山の宝物ほうもつを贈り付けてきた。


 その中にあった「神楽かぐら」と言うめいの朱色がちりばめられた黄金色こがねいろの地肌の大太刀。


……それが死ぬまで手にした愛刀だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る