サカキ ⑤


 明かりに溶けて消えていくきらきらとしたカケラは、夜空で無数に散らばって輝く星のように美しかった。圧倒的な存在感を持っていた凛々しく美しいツノは、もうその頭には存在しない。

 ユージローが思うに、あの牙とツノはとても大事なものだったはずだ。それこそ彼が神という存在であることの証明のような意味を持っているモノだと思う。それなのに、サカキは鍵を使うことによってその象徴を失ってしまった。

 更に言えば、それが全て無くなった後も、サカキは平然としていたどころか、猫や犬が毛を落とすのと同じように、頭を振っている。


「うむ、頭が軽くなったし、口元の邪魔もなくていい」


 サカキは満足げだ。ユージローには、どうしてそんなふうに思えるのか分からなかった。普通なら、大切なモノを失くして平然としてはいられない。大切なモノなら手放したくないと思う。金が大切な人は金に執着するし、恋人が大切な人は恋人に執着する。成功が大切な人もそうだ。

 なのに、サカキは違う。


「大切なモノだったんじゃないんですか?」


 思わずそう聞いてしまった。もしかしたら、ユージローが大切だと勝手におもっているだけで、サカキにとってはそうではないかもしれないと思ったからだった。

 頭に残っていた残骸を手で払っていた彼の指の爪は、すでに短くなっていた。手を覆っていた鱗ももうない。

 唯一この店に入って来た時と変わらない、赤いままの瞳がユージローを静かに見た。


「もちろん大切なモノだぞ」


 その声はやはり穏やかだった。大切なモノなのに、どうして。

 そう思ったユージローに応えるように、サカキは言った。


「しかしワタシがしたいことをする為には、これらは障壁だった。それだけだ」


 そんなに簡単に割り切れるものだろうか。ユージローが大切なモノを持っていたとして、それを捨てていかなければ前に進めないとしたら、サカキのように決断できるだろうか。前に進む道と、大切なモノが同じくらい大事なものだった時、片方を切り捨てる事なんて、自分に出来るだろうか。

 答えを求めるようにサカキを見ても、彼は微笑むだけだった。


「嗚呼、そうだった。コーリ、今回のお代はなんだ?」


 思い出したように声を上げた彼の視線が、コーリへと移る。ユージローの求めるものに答える気はないと言われた気がした。否、きっとそうなのだと思う。これは自分で見つけるべき答えなのかもしれない。彼がユージローとは違う存在だから、と片付けてしまってもいいのに、それは何故か出来なかった。


「アンタのたてがみを貰う」

「嗚呼、これか」


 コーリが指を差したのは、サカキの長い銀の髪だ。

 後ろに流したままだったそれを、彼自身の手で持ち上げたサカキは、やはり特に気にしてはいないようだった。何処で聞いたかは忘れてしまったが、髪は不思議な力を蓄える、というのを聞いたことがある。だから昔の人は髪を伸ばし、願いを込めるときに使ったのだと。もしも彼がそうであるのなら、その髪もまた大切なもののはずだ。


「全部か?」


 なのに、サカキは髪を差し出すことに抵抗も躊躇いもないようだった。


「いや、全部は多すぎる。胸から下を貰う」

「あいわかった。鋏を貸してくれるか?」


 戸棚を漁ったコーリが、大きめの裁ち鋏を差し出した。それを受け取ったサカキが、適当に髪を手前に持ってきて刃を添えたのを見て、ユージローが慌てて止めた。


「ま、待ってください! そんなことしたら、毛先が不揃いになっちゃいます!」

「? ではどうしろと?」


 それの何が悪いのか、と言いたげに首を傾げられて、堪らずにコーリを見る。彼はそうなることを予想していたのか、口元に笑みを浮かべてユージローを見ていた。


「龍のたてがみに触れる機会はそうそう無い。触らせてもらうのもいいかもな」

「おお、それはつまり小童が切ってくれるということか」

「えっ! 僕がですか!?」


 終わったら教えてくれ、とだけ言うと、コーリはさっさと店の奥に退散してしまって、立ち尽くすユージローと、カウンターの向こう側の椅子に腰かけているサカキだけが残された。

 ちらりとユージローがサカキを見れば、口角を緩く釣り上げたサカキが鋏を差し出してくる。


「やってくれるか? 小童」


 そう言われてしまえば、断るわけにはいかなかった。

 それにコーリが言っていた、龍のたてがみ、という言葉に惹かれないわけはない。人間ではないことは知っていたけれど、実際に龍と対面できることなんて、コーリの言う通りそうそうない。自分の元いた世界の記憶はなくても、龍がとても珍しい生き物であることは知っている。地域によっては、神様と同等の存在として捉えられている。サカキが何処かの地で祀られている龍神だとしたら、さっきのコーリとのやりとりも納得がいく。


――ワタシは、自身では何の行動もせずにワタシにばかり押しつけてくる人間が嫌いなだけだ。


 さっきのそんな言葉を思い出して、重みがまた増した気がした。


「わかりました。やらせてください」


 鋏を受け取りながら言ったユージローに、サカキはとても柔らかな笑みを浮かべた。


「よろしく頼むぞ、小童」


 まああんまり気負うな、という気遣いにユージローは笑いながら、サカキのいるカウンターの向こう側へと足を向けた。



 



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