第3話 黒鳥のプライドと最後の夜
華やかなガーデンパーティー。
豪華な食事が並び、音楽隊が盛り上げている。
そこへ足を踏み入れたわたくしを、誰もが振り返り、見つめる。
チヤホヤと寄ってくる男どもを歯牙にも掛けず、ただ一人を探す。
パーティーの主役。今日が誕生日の眩しい金髪の彼。元婚約者であるアレク。
そのすぐ横には、恋敵だったクリスティーヌ。
栗色の髪をアップにして飾りで彩り、ピンク色のドレスを身にまとっている。
『ご自分から話しかけてはいけませんよ』
ナインの言葉が浮かぶ。
百も承知。今日の為に入念な準備をしてきたのだから。
言い寄ってきた連中の中で、一番まともな容姿の男を選び、ダンスに誘う。
「見て、綺麗な人」
猛特訓の成果を見せつける。決してアレクを見ない。
相手に見させるのだ。
そうして一曲踊り終えた時、背後に気配がした。
「ローズ?」
慣れた声を、わざと聞こえないフリ。
彼が前に回ってくる。
「一曲お相手願えませんか?」
音楽隊が気を効かせて、ムーディーな曲を奏で始める。
美男美女のダンスを、会場中が息を呑み、見守る。願った通りの展開。血の滲むような特訓の日々が瞼に浮かぶ。
曲が終わり、アレクが手の甲に口付ける。
掴んだ手を離さず、熱い眼差しで見つめてくる。
「クリスティーヌが見てるわよ?」
「彼女は優しい人だけど、時々、気が合わないんだ。暮らしてきた環境が違いすぎて。僕の誕生日だっていうのに、新品のドレスすら仕立てない」
「何が言いたいの?」
「勝手な事を言っていると分かってるが、君ともう一度、やり直したい」
鳩が逃げ出す程の音が響いた。
平手打ちがアレクにヒットしたのだ。
「ごめんなさい、蚊がいたもので」
呆然とするアレクを残して優雅にクリスティーヌの元に歩いて行く。
ピンクのドレスを上から下まで見て鼻で笑う。
「何なのその見すぼらしい格好は。アレクの隣にいるのに相応しくないわねぇ?」
「これは母が、父との初めてのデートの時に仕立てた思い出の服です。私のためにサイズを直してくれたのです。あなたに侮辱される筋合いはありません!」
堂々と胸を張る姿は、実際の身長よりも大きく見えた。
周りの客達はざわめき、顔を見合わせた。
「クリスティーヌ嬢は貧しいながらも精一杯ドレスアップしてきたというのに」
「金持ちだからって偉そうに」
「見た目最高、中身最低のお嬢様、噂通りね」
「よく見たらドレスの色とセンスもイマイチじゃないか?」
先ほどまでのチヤホヤはどこ吹く風。
自分へのバッシングを心地よく聞いてから、踵を返してアレクの横を通って会場を後にした。
「あの子、アナタには勿体ないわね?」
すれ違いざまにそう囁いて。
見上げた空はどこまでも澄んでいて、空気がすんなり肺に取り込まれていく。
あんな男のどこが好きだったのか。
帰りに実家に寄ってみた。
アレクを振って気分が良かったからだ。
しかしそこで、自分が知らない間に進行していた地獄の計画を知った──。
「ローズ様、戻られてから部屋にこもりきりで、お体に触ります。奪還作戦が失敗したのでしょうが、まだ諦めては──」
「わたくし、変態男と結婚させられるわ」
「なんですって」
「十代にしか興味が無いんですって。散々汚らわしい事をされて、成人したらボロ雑巾みたいに捨てられるのよ」
「そんな……嫌です!」
ナインに腕に閉じ込める。逃げられないぐらいに、強く、きつく。
溢れた涙が、額に当たる。
他の男に抱かれるなんて耐えられない。
「お願い。アナタの手でわたくしを殺して」
+++
薔薇の湯船にゆっくり浸かり、時間をかけてメイクをする。
身に纏うのは一番お気に入りのドレス。
ひと通りディナーを楽しみ、デザートはフルーツたっぷりのタルト。サクサク生地と、糖度の違うフルーツが生クリームの舞台で舞い踊る。
見上げた空には満天の星が瞬いている。
「綺麗ね」
その美しさを焼き付ける。二度と見られない景色を。
「あなたの方が綺麗です」
迷いの無い声で、ナインが告げる。
振り返ると、悲しげに輝くアクアマリンの瞳がこちらをまっすぐ見ていた。
「やっと、アナタのお眼鏡に叶ったわね」
薬を飲み、ベッドに入る。
ふわふわの枕から太陽の匂いがする。
「すぐに効くわけじゃないのね」
「効き目が遅い分、地震でも目覚めないタイプの物を選びました」
「そう、なら安心ね」
「夢を見ている内に全てを終わらせます」
ベッドサイドのランプの光だけが部屋を照らす。
ナインは退出せず、側に控える。
「本を読んでくれない?」
「分かりました。どの作品にしましょうか」
「何でもいいわ。アナタの声を聞いていたいのよ」
ナインは『眠りの森の美女』を読み始める。
今日まで色々な事があった。きつかったダイエットの日々、ナインの傷跡、リサの襲撃、アレクのパーティー。
わたくし、幸せよ。
アナタに美しいと思われながら、死んでいける。
さようなら、ナイン……。
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