第2話 殺し屋はいつでも命懸け
夜中に物音がして、ロウソク片手に降りていくと、玄関先でナインが血塗れで倒れていた。驚きで呼吸が止まる。
「一体どうしたの!?」
「……救急箱を取ってきて頂けませんか」
ナインは慣れた手付きで消毒し、時折うめきながら包帯を巻いていく。手が届かない場所は手伝った。額に浮かぶ汗を拭うと、アクアマリンの目が細まる。
「ありがとうございます。これで何とか」
「病院へは行かないの?」
「ご冗談を。私は殺し屋ですよ」
「……殺しに行って、返り討ちに遭ったのね」
「いいえ。依頼の最中にほかの依頼を受けることはありません。同業者に目を付けられただけです」
包帯まみれの体を見ているうちに、自分の身も痛く感じられた。
「こんな危険な仕事、辞められないの?」
「これしか出来ませんから」
「料理があるじゃない」
「ローズ様は貴族なのでご存知ないのでしょうね。この国は身分差が激しい。私のような移民は最も低い位置に居ます」
「好きな仕事を出来ないという事?」
「はい。両親は過労から病にかかり、薬代も無くそのまま──」
「そんな、酷いわ!」
「……涙を流して頂く権利などありません。それに殺し屋の仕事をあまり馬鹿にしないで頂きたい。私は誇りを持ってやっています」
「……ぐす、そうなの?」
「死んだ人は戻らない。壊れた物は直らない。それでも、憎しみの相手が死ぬ事によって、前を向けるのです」
「その為なら、命を張れると言うの」
真っ直ぐな問いかけに、負けじと真っ直ぐに答える。
「そうです」
「それなら、わたくしも依頼してみようかしら。裏切り者のアレクと泥棒猫のクリスティーヌの暗殺を」
「お断りします」
「何でよ!」
「私は代行をしているだけです。あなたを殺人犯にしたくはない」
ナインの優しい微笑みに、心臓が跳ねる音がした。
それと同時に、自分がひどく恨まれている事を思い出した。メイドのリサにとって自分は生きていてはいけない存在なのだ。
+++
誕生パーティー用のドレスが完成した。
紫色にスパンコールがゴージャスに散りばめられて、王様でも皇帝でも神様でさえも二度見する出来さだ。
「世界一です、ローズ様」
その笑顔が、ぎこちない。
ナインにも着替えるように指示をする。
実際に踊ってみたい、慣れないドレスでは本番で転ぶかもしれない、と言って。
タキシードに身を包み、白銀の前髪をあげたナインは、赤面するほど格好良い。
音楽をかけて、手を取り合う。
ゆっくりと、それでいて遅れずに。足運びにタイミング。息遣い。集中力。
ダンスに必要な要素、その全てを駆使する。
「お見事です。ローズ様」
手の甲に落とされる口付け。
伏せた長い睫毛から目を反らせない。
「パーティーでは必ずや、アレキサンダー様の御心を掴んでくださいませ」
その名前に、昔の記憶が蘇る。
アレクは金髪碧眼の絵に描いたような美青年で、馬に乗って駆ける姿はまさに王子様。
誰もが憧れる彼を、自慢の美貌で落とした時は最高の気分だった。
ある日、アレクの馬が暴走した。
怖くて動けないでいると、庶民のクリスティーヌが身をていして馬を止めた。
二人は今でも交際をしているはず。
着飾って彼に会いに行って、それでどうなるというのだろうか。
ふと窓の外に目をやった時、知っている人影を見かけた。メイドのリサだ!
階段を駆け下りると、リサは銃を手に玄関に立っていた。
「いくら待っても死亡記事が出ないと思ったらぁ、お元気そぉで、お嬢様ぁ」
「ローズ様、お隠れください!」
守るように目の前に立ち塞がった殺し屋を見て、リサの堪忍袋の尾が切れた。
「アンタもその顔だけ性悪女に騙されたって訳ねぇ。だったら先に殺してやるぅ!」
銃口がナインの額にピタリと向けられる。
無意識に叫んでいた。
「わたくしを撃ちなさい!」
銃口が向いたその刹那、ナインは撃鉄にナイフを突き刺し、動きを止める。
すかさず、リサのうなじを強打して眠らせた。
即座に縛り上げ、警察に連絡をする。
「なんて無茶を……!」
腰を抜かして座りこんでいたら、ナインに力いっぱい抱きしめられた。たくましい腕の中は居心地がいい。甘いお菓子の匂いがする。
アレクの時は出来なかったのに、ナインが撃たれると思ったら、体が勝手に動いたのだ。
時として体は、言葉より雄弁に想いを語る。
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